約 693,903 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/585.html
図書館に本を返しに行った帰り、せつなちゃんにばったり会った。 わたしを訪ねて来るところだったんですって。 でも、ラブちゃんと一緒じゃないなんて珍しい。 「ブッキーって読者家よね。」 図書館帰りだと言うと、そうせつなちゃんが微笑む。 本当はほとんど読まずに返しちゃったんだけど。 三冊借りたけど、全然読む気になれなかった。 退屈しのぎに借りたつもりだったのに、暇潰しする気にさえなれない。 相変わらず、美希ちゃんからはメールも電話もなくって。 美希ちゃんやラブちゃん、せつなちゃんと一緒なら時間潰しなんて しようとも思わないのに。 一日が物凄く長く感じて、それなのに何もする気になれない。 自分から連絡すればいい、って言うのは分かってる。 でも、わたしからメールしてもし返事が来なかったら。 電話しても繋がらなかったら。 最初に無視したのはわたしなのにね。 「一人なんて珍しいね。どうしたの?」 「うん…。ブッキーと少し話したくて。」 この間のダンスレッスンの時の事、よね。 やっぱり、気にしてたんだ。うん、気にしない方がおかしいよね。 あんなにジトっとした目で見られたら。 きっと、せつなちゃんは自分を責める。知っててやってたよね、わたし。 せつなちゃんを困らせたって何にもならないのに。 ラブちゃん、呆れただろうな。それに、美希ちゃんも。 「あのね、ブッキー。今から私が聞く事、たぶん答え辛いと思うの。」 「…え?」 「でもね、私も聞きづらいのよ。だから、聞いたからには ちゃんと答えるって約束してくれる?」 何それ?何だか怖いんだけど……。 でも、こんな真剣な顔のせつなちゃん。嫌…とは、言えない雰囲気で……。 「お願い。」 「わ、分かった。」 「本当ね?」 ちょっと、本当に怖いかも。 何聞かれるんだろう……。 せつなちゃんは「いい?」と問い掛けるように見つめてくる。 やっぱり嫌、……とは、言っちゃ駄目、よね……。 「ねぇ、ブッキー。私が羨ましい?」 思わず、足が止まった。 「私に、嫉妬してる?」 足が震える。 「せ、せつなちゃんっ。そ、そう言うこと、面と向かって言うのって どうかと思うのっ!」 手足の指先は冷たいのに顔が熱い。 恥ずかしさに体が震える。カアッと一気に瞼が熱くなって、泣き出しくなった。。 「あぁ、ごめんなさい。私、空気読めないから。」 それも自分で言う事じゃないと思うの。 どうして、こんな。せつなちゃんは人を馬鹿にしたり、見下したり する子じゃないと思ってたのに。 それとも、本当に悪気なく聞いてるの? それにしたって…… 「ね、約束よ。答えて?私、分からないわ。 ブッキーが羨ましがるような物、持った覚えないんだもの。」 「…………せつなちゃんは…すごく、綺麗……。」 「それだけ?」 「……頭が良くて、運動神経も良くって…ダンスだって……。それに……」 「それに?」 「……ラブちゃんと……」 唇を噛み締めた。言葉が続かない。すごく、惨めな気分。 なんで、せつなちゃん。なんでこんな事言わせるの? 「…なんだ。それだけなんだ。」 「…!」 「そんなもの、ブッキーはもう全部持ってるじゃない。」 思わず、顔を上げてせつなちゃんを見る。 わたしを馬鹿にしてなんか、ない? すごく、優しい顔。そして、少し悲しそうな顔。 ねぇ、ブッキー。私、確かに数学得意よ。教科書見たとき驚いたもの。 この年で、まだこんな初歩的な問題やってるのかって。 運動神経もね、体育の時間とかびっくりよ。 みんななんであんなにダラダラ走るのかしら? 体も固いし、全然真剣じゃないの。あれで上達するものなんてないわよ。 みんな私の事、すごいって誉めてくれた。何でも出来るって。 でも、何で私が出来るかわかる? 「それしか、やってこなかったから。他の事、何一つやってないからよ。」 ブッキー。私、学校に行き始めた時、毎日ヒヤヒヤしっぱなしだったわ。 何か変な事言ってないか。おかしな行動してないかって。 前にね、クラスでお喋りしてて私が「桃太郎」を知らなくて すごく微妙な空気になった事があったの。 ラブがフォローしてくれたけど、こちらの人は、それこそ五歳の子から お年寄りまで知らない人なんていないのよね。 調べて驚いたわ。たくさんあるのね、「おとぎ話」って。 ねぇ、ブッキーはいくつ「おとぎ話」を知ってる?きっと数えきれないわよね。 いくつ歌を歌える?トリニティとかの流行りの曲じゃないわよ。 そう、例えば「犬のお巡りさん」とか……。これもきっと数えきれないわね。 子供の頃、何して遊んだ?かくれんぼ、おにごっこ…、ブッキーは 外で遊ぶよりおままごととかが好きだったのかしら。 きっとブッキーはお母さん役だったんでしょう? 「私はそう言うもの、何も持ってないの。」 それは『知識』なんかじゃないわよね。 みんな、息をするように体と心に蓄えてきた事。 初めて「犬のお巡りさん」を歌ったのがいつだか覚えてる? たぶん、覚えてる人の方が少ないんじゃないかと思うの。 いつの間にか、覚えてた。 他の事もそう。いつ誰に教わったか。そんな事、考えもしない。 知ってて当たり前。出来て当たり前なんだもの。 その「当たり前」がどれだけの場所を占めてるのかしら。 きっと途方も無く広い場所よ。果てなんて見えないくらいに。 私はね、その「当たり前」の部分がすっぽり抜けてる。 だからその場所に、数式や戦闘訓練の体の記憶を詰め込んでる。 それでも、一杯にはならないわ。あまりにも広すぎるから。 今、必死で埋めてるけどきっと追い着かないわ。 知りたい事、やりたい事はどんどん増えるのに、覚えても覚えても、 更にその先に広がってるんだもの。 「ブッキー、お願いだから本気で羨ましいなんて思わないで。 あなたは欲しいもの、もう全部持ってるはずでしょう?」 「せつなちゃん……。」 せつなちゃんに、わたしを責める様子は微塵もない。 ただ、少し困ったように。そして、ほんの少しだけ、怒ったように、 見つめている。 下を向いたまま、顔を上げられない。恥ずかしくて、情けなくて。 わたしは、きっと言ってはいけない事を言ってしまった。 「せつなちゃんが羨ましい」「せつなちゃんは何でも出来る」 みんなが羨ましがるもの、きっとせつなちゃんには自慢でも何でもない。 せつなちゃんがどれだけ努力してるか。 どれだけ頑張って、笑えるようになったのか。 ずっと、側で見てきたはずだったのに。 「ブッキーは美希が好きなのよね。」 コクリ、と何の躊躇いもなく頭が上下した。 もう誤魔化す事も、言い訳もしちゃいけない。 せつなちゃんに、これ以上失礼な態度はとっちゃ駄目だ。 せめて、正直に。ちゃんと、答えなきゃ……。 「美希もよね。」 独り言のように、せつなちゃんは呟く。 「それなのに、私とラブが羨ましいの、どして?」 「……だって。」 告白なんて、されてない。 気持ちだって、はっきり口に出した事もない。 「だったら、ブッキーから言えばいいのに。」 「へ?」 せつなちゃんは不思議そうに、首を傾げる。 顎に指を添え、軽く目を見開いて。 わたしがあんなポーズしたら、きっとすごくブリッコっぽく見えそう。 やっぱりせつなちゃんくらい可愛くないと……って、また僻みっぽいわね。 駄目だわ……わたし。 「だから、美希が言わないならブッキーが言えばいいのに。」 え?そりゃ……。でも! 頭の中がぐるぐるする。 考え事もなかった。わたしから告白?って言うか、 せつなちゃんの中では美希ちゃんが断るって選択肢はないのね。 「ブッキーは美希から言って欲しいの?どして?」 「だって、それは……」 恥ずかしいし、やっぱり好きな人に告白されたいって言うのは 女の子の夢だし。 「恥ずかしいの?美希から言われる方が嬉しい?」 頷く私にせつなちゃんは言葉を重ねる。 「ブッキー、美希だって女の子よ?」 ブッキーが恥ずかしいように、美希だって恥ずかしいんじゃない? ブッキーが美希から告白されたら嬉しいように、美希も ブッキーから告白されたら嬉しいんじゃないかしら。 好きな人が嬉しくなると、自分も嬉しくならない? 大好きな人を喜ばせる事が出来るって、とても幸せだと思うの。 今の気持ちを擬音語にすると、ポカーンだろうか。 それとも、ガーン!!…? わたしはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。 人間、ドン底だと思ってる内は甘い。 その先はさらに深い穴が空いてるんだ。 もう、情けない、とか恥ずかしいのレベルではない。 真剣に、一度死んだ方がいいのかも。 この短い時間に何度目だろう、自分の馬鹿さ加減に暴れたくなるのは。 「ブッキー?」 せつなちゃんが向かい合わせにしゃがんできた。 ごめんなさい。ワケわからないわよね。 「せつなちゃん、わたしって救いようがないわ……」 今まで美希ちゃんが与えてくれたもの。 どれだけわたしを嬉しくさせてくれたか。 何度、幸せを感じさせてくれたか。 わたし、その幸せを一度でも美希ちゃんに伝えた事があったかしら。 美希ちゃんの為に、幸せを運んだ事があったかしら。 美希ちゃん、それでも笑ってくれてた。 それは、今せつなちゃんが言った事。 好きな人が喜ぶと、自分も幸せだから。 自惚れてる?でも、きっとそうなの。 だって、わたし美希ちゃんが好きなんだもの。 美希ちゃんの喜ぶ顔、思い浮かべるだけで胸がいっぱいになる。 美希ちゃんも、そうだったんだ。 言わなければいけない事。やらなければいけない事。 後から後から雪崩みたいに押し寄せてくる。 自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれてる場合じゃないのよ。 謝らなきゃ。お礼言わなきゃ。ちゃんと、言葉で伝えなきゃ。 せつなちゃんに、ラブちゃんに、そして何より美希ちゃんに。 何からしていいのか分からない。 せつなちゃんが心配そうに覗き込んでる。 「あのね、せつなちゃん。言いたい事がいっぱいいっぱいありすぎて、 何から言えば良いか分からないんだけど………」 思い切って、顔を上げた。ふぅ、と息をつく。 泣いちゃ駄目。笑うんだ。 「ごめんなさい。わたし、せつなちゃんに嫉妬してました。」 「……うん。」 「イヤな態度、取りました。せつなちゃんが気にするって分かってたのに。」 「…うん」 「せつなちゃんなら自分のせいでって、わたしや美希ちゃんがおかしいの、 自分が原因じゃないかって、悩むの分かってたのに。」 ぎゅっ、とせつなちゃんの手を握った。 「大好きよ。せつなちゃん。」 「ブッキー……。」 「美希ちゃんや、ラブちゃんに負けないくらい、大好き。」 「うん。私もよ。」 「これからも、友達でいて下さい。」 「はい。」 ものすごくありきたり。そして、全然謝り足りない。 たぶん、わたしは自分が思ってる以上に、色んな失敗してる。 でもラブちゃんも美希ちゃんも、今までずっと許してくれてたんだ。 『あーあ、ブッキーはしょうがないなぁ』って。 せつなちゃん、背中を押しに来てくれたんだ。 ラブちゃんは、きっとわたしには何も言わないつもりだったんだろうから。 そうだよね、わたし達3人は昔からそうだったもん。 ラブちゃんは、いつもわたしをそっとしておいてくれる。 ちゃんと、自分で考えて答えを出せるように。 でも、せつなちゃんは違うのよね。焦れったかったろうな。 何もせずに、いられなかったのよね。 うん、でも今回はせつなちゃんが正解だと思うの。 わたし、せつなちゃんじゃなければ素直になれなかった。 もし、忠告してくれたのがラブちゃんなら、言葉にしなくても分かった 気になっちゃってたと思う。 それで、結局…今まで通り居心地のいい所に納まろうとしてたろうな。 「私への告白は終わり?」 ニッコリと、それはそれは綺麗に微笑むせつなちゃん。 やっぱり、この容姿は羨ましいかも。 「うん、……まだまだ言い足りないけど。今日はこの辺で。」 「また、続きがあるならいつでも。」 「よろしくお願いします。」 しゃがんで手を握り合ったまま、ペコリと頭を下げる。 「そろそろ、帰ろうか。」 わたしたちは手を握り合ったまま立ち上がる。 放してしまうのが何だか名残惜しい。 そのまま手を繋いで歩いても、きっとせつなちゃんは嫌がったりしない。 でも、やめておこう。 だって、わたしたちが手を繋ぐ人は他にいるもんね。 並んで歩くせつなちゃんの横顔、美希ちゃんに負けないくらい完璧。 こればっかりは持って生まれたものよねぇ。 じっと見つめてたら、目が合ってしまった。 「何?」 「んー、美人だなぁって思って。」 ふぅ、とせつなちゃんは苦笑い。 「なあに?まだ羨ましいの?」 「せつなちゃんには分からないよ。」 ぷっと膨れてみる。でも、何でだろ? 羨ましさに変わりはないのに、ちっとも心がカサカサしない。 「なるほど、こう言うところね……。」 「??何が?」 「ラブが言ってたの。ブッキーは結構我が儘なところがあるって。」 ええ…?ラブちゃんちょっとヒドイ。でもまぁ、うん、仕方ないかな……。 「ワガママ…かなぁ…?」 「うん。だってブッキー、10人いたら10人とも可愛いって思われたいんだ?」 いや、そこまでは…。ああ、でも10人中5人…6人くらいには そう思われたい……かな? 「私は……、ラブ一人が可愛いって思ってくれたら、それで充分だけどな。」 だって、百人に誉められたって肝心の好きな人に可愛いって 言って貰えないなら意味なんてないじゃない。 ちょっと俯いてポソポソと呟く。 そのせつなちゃんの顔は耳まで赤くて、何だかわたしの 顔まで熱くなってきた。 「ノロケてるねぇ~。」 「もうっ!そうじゃなくて!」 照れ隠しにわざとからかい気味に言ってみた。 せつなちゃんの顔が近づいてくる。 美希だって、ブッキーは世界一可愛いと思ってるわよ? 息の掛かる距離で囁かれたその言葉は、 蕩けるように甘く耳と胸に響いて。 ちょっと、美希ちゃんに申し訳なくなるくらい心臓が跳ね上がってしまった。 じゃあ、私こっちだから。 半ば固まってるわたしにせつなちゃんは手を振って離れて行く。 「そうだ、ブッキー。今日の事は美希には内緒ね?」 ??なんで?何も知られて困るようなやり取りはしてないと思うんだけど……。 「美希より先にブッキーに『大好き』なんて言われたのバレたら大変よ! 私、美希に恨まれちゃうわ。」 だからナイショよ? せつなちゃんは唇に人差し指を当てて、パチンとウインク。 いつの間にか、そんなお茶目な仕草も様になってきてるのね。 わたし達はほんのり染まった頬のまま、悪戯っ子のような笑みを浮かべ合う。 せつなちゃんはわたしが角を曲がるまで、ずっと見送ってくれていた。 胸の中がクスクスとくすぐったくて暖かい。 ねぇ、せつなちゃん。 せつなちゃんは、ずっと埋まらない大きな隙間があるって言ったよね。 でも、その隙間を埋めてるのは難しい数式や、 訓練の厳しい記憶だけじゃないと思うの。 暖かくて、優しくて、そしてほんのちょっぴり痛いの。 それがせつなちゃんの幸せの感触なのね。 ちゃんと貰ったよ。 今度はわたしが渡す番。 避-722へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/407.html
ミユキ「今日みんなに来てもらったのは他でも無いわ。」 ラブ「どうしたんですか、急に。」 せつな「私たち…、まだ練習不足でしょうか?」 美希「これでも頑張ってるんです!」 祈里「ミユキ…さん?」 ミユキ「今から説明する事を良く聞いて。ずっと考えてたんだけど、あなたたちなら出来るはずよ!」 (彼女たちの能力を最大限に引き出す方法…。) ――それは―― ミユキ「ラブちゃん。あなたは抜群のパンチ力を生かして、率先して前に出てもらうわ。 フォーメーション作戦の指揮及び敵の追跡、攻撃指令。まさしくリーダーね。」 ラブ「はいっ!コテンパンにやっつけて幸せゲットですね!」 ミユキ「美希ちゃん、あなたはキック力を生かして攻撃にも参加。また後方支援にも 目を配ってもらう。優れた観察力は情報収集にもなるわ。」 美希「了解です。アタシ完璧にこなして見せます。」 ミユキ「祈里ちゃんは持久力を生かして撹乱、敵の情報分析をして欲しいの。 知識豊富なあなたなら出来るはずよ。」 祈里「出来るってわたし、信じてます!」 ミユキ「せつなちゃん。瞬発力を生かして、ラブちゃんよりもさらに前線で活躍してちょうだい。 スピードある攻撃、敵の目を欺くテクニック、まるでカタナのような切れ味があなたにはあるわ。 3人とはまた違った特別機動を見せてちょうだい。」 せつな「……覚悟は出来てます。精一杯頑張ります。」 ミユキ「私たちの未来。四葉町の未来。全てはあなたたちにかかってるわ!」 せつな「で、これからどうすれば?」 美希「さらに強くなれるんですよね?」 祈里「…。そのためには?」 ラブ「特訓しかないっ!」 ミユキ「まずはフォーメーションの確認。次に散開、及び実戦テストを行うわ。」 美希「本格的ね。」 祈里「うん。」 せつな「まるで…」 ラブ「ん?」 ミユキ「あ、いけない。名前教えて無かったわね。」 祈里「この作戦のですか?」 せつな(まさか…ね) 美希(プリキュア~じゃないの?) ミユキ「桃園軍団フォーメーションよ!!!」 ラブ「ぬォォォォォーーーーー!!!!!カッコイイーーーー!!!」 美希「え.....」 祈里「ラブちゃん軍団???」 せつな(西部警……) ミユキ「さ!気合入れて施設に練習に行くわよ。みんな頑張ってね!」 ラブ「はいっ!」 せつな(ラブと一緒なら大丈夫そうね。) 美希「やるからにはとことん着いてくわよ!」 祈里(美希ちゃんの後ろにいれる…。わたし、嬉しい。) ~次回、大激走桃園軍団をご期待下さい。 ウソ 元ネタは西部警察・大門軍団フォーメーションでした。 ピーチ→RS-1 ベリー→RS-2 パイン→RS-3 パッション→GSX1100KATANA スーパーZとサファリがいない…orz
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1587.html
桃園家の初日の出/一六◆6/pMjwqUTkg 1 「ラブ。ねぇラブ、起きて」 「う~ん……もうちょっと……」 ラブを揺さぶるせつなの手が一瞬緩む。昨日は夜遅くまで起きていたから、まだ寝足りないのだろう。 でももう起こさないと間に合わない。 せつなが意を決したように、ラブの耳元に顔を近づける。 「ラブっ! あ・さ・よ!」 「うわぁっ!」 2 「もう時間よ」 「あ、そうだった!」 その一言で、ラブがパチリと目を開いた。大急ぎで着替え、二人揃ってベランダに出る。辺りはまだ仄暗くてお互いの顔もよく見えない。 「はぁ、間に合った~」 ラブの言葉に微笑んだせつなが、空を見上げてその顔を曇らせる。暁の空を、分厚い雲が覆っているのだ。 3 ――初日の出? ――そう! 元旦の日の出に一年の願い事をするの。でも、いつも起きられなくってさ~。 昨夜のラブとのやり取りを思い出す。 この世界の人々は何かと願い事をする。以前はそれが能天気に思えたが、少しずつわかってきた。敢えて願いを口にして、それを叶える決意を新たにしているのだと。 4 ――だったら明日は私が起こしてあげるわ。 この世界での“年”という区切りの最初の日。自分も願い事ということをして、一年への決意を新たにしたい。そう思ったのだが……。 「ラブ。こんなに曇っていたら太陽は……」 天候のせいなら仕方がない。せつなが諦めかけた、その時。 「あ。見て、せつな!」 5 ラブが身を乗り出して空の一点を指差した。そちらを見て、せつなが思わず目を見開く。垂れ込めた雲の間から差し込む一筋の光。見ているうちに光は二筋となり、次第にその数を増して、闇に沈む町を柔らかく照らし出す。 「綺麗だね、せつな」 「ええ……何だか空が、この町を祝福してくれているみたい」 6 「さあ、あたしたちも願い事しよう!」 ラブが元気よくそう言って、パン、と手を叩く。 「今年もみんなで、幸せをゲットできますように」 朝日を浴びて、ラブのツインテールが金色に輝く。それを眩しそうに見つめてから、せつなもそっと目を閉じる。 「今年もみんなの笑顔のために、精一杯頑張ります」 7 合わせた手を下ろし、顔を見合わせて小さく笑い合う。その時。 「あら? ラブ、せっちゃん。そんな格好で外に居たら風邪ひいちゃうわよ?」 囁くような声が階下から聞こえて、二人は驚いて庭を覗き込んだ。 分厚いコートを着込んだあゆみと圭太郎が、白い息を吐きながら笑顔でこちらを見上げている。 8 「お父さん! お母さん!」 「大きな声出さないの。まだ朝早いのよ?」 あゆみにたしなめられ、ラブが、あ……と首をすくめる。 二人とも今朝は珍しく早く目が覚めて、せっかくだから初日の出を見に出て来たのだという。 「それにしてもラブが初日の出を見られるなんて。これもせっちゃんのお蔭ね」 9 「ううん、そんなこと……」 照れ臭そうに頬を染めるせつなを見て、ラブがニコリと笑う。 「ねえ、ここからの方がよく見えるよ。上がって来て」 「おお、それもそうだな」 「その前に、二人はちゃんとコートを着ること」 「「はーい!!」」 思わず元気に声を揃えた二人が、今度は揃って口を押さえた。 10 「まあ、綺麗ね~」 「うちからの眺めもなかなかのものだな」 狭いベランダで肩を並べ、明けて行く町を眺める。 空には厚い雲があるけれど、目に映る景色は、こんなにもあたたかい。 「あけましておめでとう、ラブ、せっちゃん」 「今年もよろしくね」 四人の笑顔が朝日に照らされ、キラキラと輝いた。 ~終~
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/249.html
「美希たん……あたし、なんか変かも」 「変って、どんなふうに?」 「せつなに触れたい」 「ふ、触れたいって…」 「せつなの脚とか…、見てるときゅんきゅんするの! あたしおかしいのかな?」 「その…ね。アタシ、ブッキーと付き合ってるんだけど」 「うん」 「好きな人に触れたいって思うのは、当然なことよ」 「…でもせつなは、あたしがこんなこと思ってるなんて考えたこともないんじゃないかな」 「せつなはラブを好きって言ってくれたんでしょ?」 「えへへ。まあ、うん。…ねぇ、美希たんとブッキーはどこまでいってるの?」 「ど、どこまでって」 「………」 「……」 「………」 「……最後まで」 「うはー! すごい、大人だね!?」 「………はずかし…」 「いつごろ?」 「ラブとせつなが付き合いはじめてから、かな」 「どうやって? どっちから? どんなシチュエーション?」 「ちょっとラブ、根掘り葉掘り…」 「おしえて! お願い!」 「う…。えっと、ブッキーから」 「へえ。ブッキーってば、やるね」 「だ…抱いて、みたいなこと言われて」 「ほうほう」 「アタシも…したかったし。ってなに言わせんのよっ」 「いいなぁ…」 「…ちょっと積極的にアピってみれば?」 「…うん、あたしがんばってみる!」 「がんばって、ラブ。幸せゲットよ!」 「それあたしのセリフ!!」 * 「ねえ、ブッキー」 「なあに?」 「ブッキーは、美希とえっちしてるの?」 「えええ!?!?せ、せつなちゃん?いまなんて!?」 「だから、美希とえ」 「いいいい、いわなくていい!」 「…ブッキー、真っ赤よ」 「な、なあに?どうしたの急に。びっくりしちゃった…」 「やっぱり、してるのね?」 「………う、一応…。せつなちゃんたちはっ!?」 「この前ね、ラブにその………して、もらったのっ」 「(わ、せつなちゃんこそ真っ赤!)う、うん!」 「私、すごく幸せで」 「うんうん」 「でも、疲れてそのまま寝ちゃったの」 「ああ…」 「だから私はラブにしてあげられなくて」 「うん…」 「ど、どうやったらいいの?」 「ふぇ!?」 「だ、だって私もラブにしてあげたいもの!」 「ふ、はい!」 「はい!」 「…ちょっとテンパりすぎよね、わたしたち。…一回深呼吸」 「ふぅ」 「ふぅ。それで?」 「私、……ラブにも幸せになってほしいから」 「ふふ。せつなちゃんはラブちゃんが大好きなのね」 「ええ、大好き」 「わたしも一緒。美希ちゃんのことが大好きだから、幸せになってほしいって思う」 「うん…」 「だからね、その気持ちが大事なんだと思うの。どうやるかなんてそれほど重要じゃないのよね、きっと」 「ブッキー…」 「ほら、せつなちゃん。精一杯?」 「――がんばるわ!」 * 「ふわぁーそんな時期もあったっけ。懐かしいなあ」 「もう懐かしくなっちゃったの?」 「だって。」 「だって?」 「もうあたし、せつなの身体、みーんな知り尽くしちゃったもんね」 「ラブったら……」 「…ここでしょ、」 「……っ」 「ここ、ここも」 「ん、…ぁ」 「弱いよね…」 「ラブっ!もう、こんなところで…。だめよ!」 「なんで?」 「…、はずかしいから…」 「せつなは本当かわいいの。だから他の人にも、せつなはあたしのなんだってわかってもらわなきゃ」 「も…、らぶのばか…」 * 「あの二人は何してるわけ、公衆の面前で」 「ふ、服の上からだから大丈夫!」 「そういう問題?」 「へ?いやあの、えっと」 「もしかして祈里も、やってほしいの?」 「な…わたしそんなこと!美希ちゃんのいじわる……」 「ふふっ。冗談よ。まったく…かわいいんだから、祈里は」 「美希ちゃんのほうが……かわいいわ!」 「ほ?なに言っ」 「…ん……」 「んぅ…っ、いのり、…」 * 「ふゎ。美希たんとブッキー、ちゅうしてる」 「……ブッキー…あ、あんな…顔…」 「せつなもあんな顔してるよ?」 「な!ラブ、あなた目開けてるの!?」 「へ、たまにだってばっ」 「ふぅん…?」 「じ、じゃあ今しようよ!…あたしちゃんと目閉じるから」 「ラブが先に目とじて」 「…はい。」 「いくわよ」 「ん、ふ…んむっ!?」 * 「あの子たち…アタシたちに対抗する気?舌はいってるわよ」 「み……美希ちゃん……?」 「息、吸って」 「むちゅん」 * 「青春だねぇ…。若さだねぇ…。オジさんちょっと妬けちゃう。 でもお嬢ちゃんたち。あんまりやりすぎると止まらなくなっちゃうよー ……ってもう遅いか。グハ! さてと。オジさんは退散退散」 エンドレスなので… 後半:公衆の面前とかいってますが、場所は四葉町はずれの丘らへん。ラブせつと美希ブキの間には物理的距離があるイメージです。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/872.html
少女は歩く。 ゆらゆらと木漏れ日の降り注ぐ、静かな森の中を。 美しい黒髪を揺らして。物憂げな瞳で遠くを見据えて。 森は好きじゃなかった。一人でいることをひしひしと感じるから。 街に出たとたんに辺りに満ちる喧騒。 威勢のいい掛け声。楽しそうな談笑に囲まれる。 街は好きじゃなかった。自分だけ独りでいることを実感するから。 目的の場所に着いて一息つく。 朝の柔らかな日差し。広々とした空間。まばらに見かける人の姿。 公園は好きじゃなかった。ひとりでいる人なんてほとんど見かけないから。 でも――――ここには。 四ツ葉町公園の野外広場。そこに目指す人物が居た。 桃園ラブ。少女のただ一人の友達――――親友。 笑顔は好きじゃなかった。決して、自分には向けられることがないから。 だけど、ラブだけは違った。 どんなに皆に振りまいていても、自分の姿を見つけたらきっと―――― 一番輝いた笑顔で振り向いてくれるから。 日課となった公園の散歩。ダンスの練習の見学。 でも……その日に見かけた光景は、なぜかいつもと違っていた。 『翼をもがれた鳥(第三話)――――夢のまた夢――――』 ミユキと呼ばれるコーチ。そして、桃園ラブ、青乃美希、山吹祈里。 四人とも揃っているのに、なぜか一向に練習を開始しようとしない。 なにやら、誰かを探しているようにも見えた。 少女――――東 せつなは、怪訝に思い近づいて様子をうかがった。 「いたっ! せつなっ!」 「遅刻よ、せつな。連絡くらいしなさいよね!」 「せつなちゃん、何かあったの? 大丈夫?」 「えっ? 一体何なの?」 「さあ、みんなレッスン始めるわよ。ほら、せつなちゃんも急いで支度する!」 (遅刻? レッスン? それに、せつなちゃんって一体……) 公園のトイレに押し込まれてジャージに着替えさせられる。あまりの強引さに、何の抵抗もできずに 言いなりになってしまった。 横一列に並ばされる。ダンスミュージックがスピーカーから流れ出し、ダンスが始まる。 (ちょっと待って! 意味がわからない。どうして私がダンスなんて! やったこともない。できるわけ ないわ!) そう言いかけた言葉を、ミユキと呼ばれる女性の眼光がさえぎった。 力ある視線。期待と信頼と、そして強制。「やりなさい!」そう言っているようだった。 音楽が始まっているのに、一人だけ踊ろうとしないせつなに気がつき、全員が動きを止める。 叱られる、そう思って身構えた。ちょいどいい、言い返してこの場を離れよう。茶番に付き合わされ るのはまっぴらだと思った。 しかし、せつなに向けられたのは抗議ではなく、心配と思いやりと優しさだった。 「大丈夫だよ、せつな。わかるところだけでいいから、あたしたちに合わせてみて」 「ラブに合わせたら下手になるわよ? アタシに合わせたら完璧よ! なんてね」 「いきなりごめんね。まずは踊る楽しさを知ってもらおうって、ラブちゃんが強引に」 ラブがせつなの手を取って励ます。それだけなら理解は出来る。でも、青乃美希と山吹祈里まで―― どうして? 祈里はせつなの腕に軽く抱きついてきた。後ろに立った美希の手が肩に乗せられる。長い髪がせつな のほほをくすぐり、形容できない素敵な匂いに包まれた。 この二人は――――ラブの親友で仲間。自分のことは疑っていた。怪訝に思って警戒していたはず。 何かの罠なのだろうか? 「さあ! もう一度始めからよ。せつなちゃんもいいわね!」 『はいっ!!!!』 命令慣れした声。決して強い語調ではないのに、つられてせつなまで返事をしてしまった。 毒を食らわば~なんて諺を思い出した。わからないことから逃げ出すのは誇りが許さない。開き直っ て様子を探ることにした。 ダンスはいつも見ていた。 偵察の――――ためだ。他意は――――無い。 音楽はいつもと同じもの。振り付けは頭に入っている。ミユキと呼ばれる女性の叱咤の声も、何度も 聞いてきた。 大事なのは呼吸を合わせること。全員で動きを一致させること。確かにそう言っていたはず。 目付けと呼ばれる戦闘技術を駆使する。視野を扇状に広げていき、左右に立つ美希と祈里をなんとか 視界に入れることができた。 始めは動きについていくがやっとだった。音楽なんて耳に入れる余裕も無かった。しかし、やがて気 がつく。 本来、姿など見えるはずの無い四人を繋ぐ唯一の共通の情報、それが音楽であることに。 生演奏ではない録音テープは、毎回寸分の狂いも無く一定のリズムを刻む。そこに動きを落とし込ん で行けばいいのだと。 ミユキにしても、初心者であるせつなにいきなり一緒に躍らせる気は無かった。デタラメでいいから、 とにかく一度踊る楽しさを体感させるのが目的だった。 しかし、音楽を鳴らして数分でミユキの目つきが変わる。コンマ数秒遅れてはいるものの、信じられ ないことにせつなの振り付けは全て正確だった。 細かい動きにぎこちなさはあるものの、動きもどんどんキレが良くなっていく。曲が三週目を回る頃 には、遅れていたリズムまでもが他の三人と一致していた。 (これは――――なに?) ダンスの動きに徐々に身体が慣れていき、リズムに意識を大きく割かなくても踊れるようになった。 その頃から、これまで経験したことのない気持ちが胸に湧き起こり、全身に広がっていく。 訓練や戦闘ではない汗。無意味で効率の悪い運動。こんなものが――――なぜ―――― 気持ちいいと――――感じた。楽しいと――――感じた。嬉しいと――――感じた。 ミユキの口からレッスンの終了が告げられる。それをがっかりしながら聞いている自分に驚いた。 終わるのが――――惜しいと感じた。ずっと――――ずっと、もっと踊り続けていたいと感じた。 「お疲れさま、せつなっ! すっごかったよ」 「ホント、びっくりしたわよ。内緒で特訓してたんじゃないでしょうね」 「せつなちゃんなら出来るって、わたし、信じてた。でも予想以上だった」 口々に賞賛の言葉を浴びせられる。お世辞ではない、心からの喜びの声。美希と祈里から伝わって くる、信頼と好意に満ちた振る舞いに動揺する。 何があったのか未だに理解できない。ただ――――それを嬉しいと感じている自分がもっと理解でき なかった。 「お見事よ、せつなちゃん。これで次のダンス大会の目処はついたわね。これからの練習は厳しくなる から覚悟してね」 『はいっ! ありがとうございました』 (去っていくミユキに自然と頭を下げてしまった。何を――――やっているのだろうか、私は――――) 「よーし! 四つ葉になった新生クローバーで、今度こそ優勝ゲットだよ!」 「「「お~~~!!!」」」 小さな声。控えめに挙げた拳。でも、確かに参加してしまった。そのことに気がついて顔を赤らめる。 様子をうかがうと、優しそうな目でラブと美希と祈里が自分を見つめていた。 くすぐったくて、居心地が悪くなって帰ろうと思った。しかし、先手を打たれてしまった。 「せつなのクローバー加入のお祝いに、ドーナツパーティーしようよ!」 「賛成!」 「いいね、やろうやろう!」 「待って! 私は入るなんて一言も……」 右手と左手をそれぞれラブと美希に引っ張られる。背中を祈里に押される。 何を言っても聞いてもらえない。もう――――なるようになれと、せつなは諦めた。不思議に口元は ほころんでいた。 陽もずいぶん高く上り、日差しがきつくなる。 カオルちゃんのお店のパラソルを広げてテーブルについた。ラブがドーナツと飲み物を買いに走った。 ラブの居ない場所で美希と祈里と同じ時間を過ごす。たった数分でも、緊張で何時間にも長く感じら れた。 でも、二人は何気なく話しかけてくる。嬉しそうに、楽しそうに、好意に満ちた表情で。 もう、罠とは思えなかった。とにかく一生懸命に返事をした。何を話したのかは覚えていない。 「お待たせ! お昼だからかな、混んでて時間かかっちゃったよ」 「お帰り、ラブ。ありがとう!」 「ラブちゃん、おつかれさま」 「ありがとう……」 せつなは、カラフルなトッピングのドーナツを口に運んだ。とても甘くて、運動した後の疲れた身体に 染み渡る気がした。 そして、渡されたオレンジジュースを口にしようとした時、美希の手が差し出された。 「そのドーナツは特に甘いから、ウーロン茶の方が合うわよ」 「えっ? でも、これは美希のドリンク……」 最後まで言わないうちに、ストローを口に入れられた。びっくりしながらも一口飲んだ。美希が優し く微笑んだ。 「いいな~美希たん、せつなと間接キスだね。あたしのも飲む?」 「もう、ラブちゃんのはせつなちゃんと同じオレンジジュースでしょ」 「そっか、あはは」 何が起きているのか、全然わからない。このままではラチがあかない。そう思って、せつなは思い切 って尋ねた。 「どうして、美希と祈里は私に優しくするの?」 「どうしてって、お友達だからよ」 「うん、もっと仲良くなりたいからよ」 答えになってなかった。どうしてそう思えるのかを知りたかったのだ。 そして、ラブがとんでもないことを言い出した。 「いっそ、呼び方を変えてみようよ、せつな。美希たんとブッキーって! さあ、言って!」 「えっ、ちょっと待って、言えるわけないでしょ」 「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけだから」 「――――美希……た……。――――無理よ! 私、帰る!」 「まあまあ、せつな。アタシは美希でいいわよ。ブッキーなら言えるんじゃない?」 「無理しなくていいよ。でも、そう呼んでくれたら嬉しいかも」 ラブに引っ掻き回されたせいだろうか、その後は少し肩の力を抜いて美希と祈里とも話せるようにな った。 馴れ合うことに抵抗はあったが、気まずいのはもっと嫌だった。彼女たちのことを知って損は無い。 そう自分に言い聞かせて積極的に会話に加わった。 「それで、美希はモデル、祈……ブッキーは獣医になりたいんでしょ。ダンスしてていいの?」 「もちろん、最終的にはアタシはトップモデルになるわ。でも、ダンスは良いステップになるはずよ」 「わたしも、獣医ってそんなに急がないから、勉強は続けながらもみんなとダンスもしてみたいの」 「せつなちゃんは、やっぱり占い師さんなの?」 「そっか、占い師だったわね。でも、それじゃ夢がもう叶っちゃってるじゃない」 「占いは仕事よ。なりたいとも楽しいとも思ってないわ」 彼女たちの話を聞きださなくてはならない。自分のことを話しても意味はない。なのに――――自然 に口が滑り出す。 他人の不幸を聞き出すための調査でしかなかった占い。実は、それなりに楽しいこともあったんだと 話していく内に気がついた。 何より――――ラブと出会うことが出来た。 生まれて初めて、好意を向けられることの喜びを知ることが出来た。 「ダンサーになろうよ、せつなっ! 歌って踊れる占い師。全然ありだって!」 「そうね。それって、凄く素敵かも」 「せつなちゃんスタイルいいし、綺麗だし、神秘的だし、人気出ると思う」 「私は……ダンサーなんて……」 「ねえ、せつな。前に聞いたよね。せつなの幸せは何?」 「えっ?」 「良かったら、一緒にダンサーになろうよ! 美希たんとブッキーとはいつか別の道に分かれるけど。 せつなとなら――ずっと一緒に……だめ、かな?」 真剣な表情で、まっすぐにラブの瞳がせつなの瞳を見つめる。言葉だけではなく、わずかなサインも 見逃すまいとするかのように。 心を直接ラブに掴まれたような衝撃を受けた。激しく鼓動が高鳴る。 もし――――本当にそんなことができたら――――どんなに……。 胸のペンダントをそっと手繰り寄せた。 緑色にきらめく四つ葉のクローバーのペンダント。ラブとせつなを繋ぐ親友の証。せつなの幸せを願 い、送られた幸せの元。 「ラブ――――私……。私は……」 形にならない気持ちを伝えようと懸命に言葉を探す。勇気を振り絞るべく、固く、固く、ペンダントを 握り締めた。 そして―――― 砕け散った。 「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」 イースはベッドから飛び起きた。荒い呼吸を懸命に整える。全身が汗だくだった。 まだ薄暗い、早朝と言っていいくらいの時間なのだろう。 身体のあちこちが痛かった。でも、疲れは随分取れていたように思えた。 イースの姿で眠ってしまっていたことに気がつく。身体に負担のかかるこの姿よりは、解除してから 休むべきだった。 布団も被らず、ベッドを斜めに使い、片足を半分はみ出すようにして寝ていた。我ながらみっともない と反省する。 (今のは――――夢?) 砕けたペンダントは? 手を開いて確かめる。そこにあったのはペンダントではなく、ウエスターから奪ったパワーストーン だった。 足元が崩れ、落下するような感覚に襲われる。胸が強く締め付けられ、ぽっかりと心に穴が開くよう な感傷に包まれる。 知っている。これは――――喪失感。 「ふふふ……はははは――――」 何にショックを受けていると言うのだ。 全て――――自分のやったことではないか。 わざわざラブの目の前でペンダントを砕いたのも。 ラブを倒すために、ウエスターのパワーストーンを自分のものにしたのも。 全て――――自分が決めて行ったことではないか。 もう――――認めよう。 自分は……自分の中に芽生えたせつなの人格は、ラブに憧れていたことを。 ラブに友情を感じ、ラブをうらやましいと感じ、ともに歩みたいと感じていたことを。 今見た夢こそが、自分の願望なのだろう。 いや――――違う! 自分の中に芽生えた、東 せつなという少女の願望。 せつなとは夢。 この世界に深く関わり、ラブと親しくなりすぎたために生まれた夢。 今の夢は、イースの夢の人格である、せつなが見た夢なのだろう。 “夢のまた夢” それはこの世界の諺で、決して叶わない願望を意味するという。 構うものか! もともと違う世界の、自分には関わりの無い事なのだから。 「我が名はイース! ラビリンス総統メビウス様が僕!!」 さようなら……ラブ。 そして、さようなら。 ――――東 せつな。 イースは最後の決戦に挑むべく、静かに部屋を発った。 み-397へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/851.html
頭に木霊する美希の声。震える怒声。痛々しい泣き声。底冷えする皮肉。 そして、すべてを諦めたような力の無い呟き。 強く優しく、物分かりの良い美希しか自分達は欲していなかったのだろうか。 励ましてもらった。相談に乗ってもらった。気持ちをぶつけさせてもらった。 ただ、黙って側にいてくれた。 いつだって美希はラブの、祈里の、せつなの気持ちに寄り添おうとしてくれていた。 美希にどれだけ救われたか。数え切れないくらいなのに。 それでも、心の隅にあった冷めた感情。 所詮、当事者ではないのだから。 外側から眺めているだけの部外者だから。 魂に牙を立てられ、血を啜られるような思い。 心を握り潰され、毟り取られるような痛み。 美希には分からない。 自分達の気持ちなんて理解出来ないだろう。 そう、殻の外に美希を閉め出してはいなかったか。 「あたしね、思ってた。思おうとしてた。一番ブッキーが悪いんだって」 「うん…」 「それで、一番馬鹿なのはあたし」 「………」 「一番傷付いたのはせつな。それで、それでね。美希たんは……」 「…………」 「……関係ないって…。こんなゴタゴタ、美希たんには迷惑なだけだろうって…」 「……うん…」 「ブッキーさっきから、うん、しか言ってない」 「うん……」 ひっぱたいてくれた美希の熱い手のひら。 優しく髪を撫でてくれた綺麗な指。 毅然と叱ってくれた声。 何も言わず包み込んでくれた温かな膝。 どうして忘れていられたんだろう。 「ねぇ…美希たん、何か用があったんじゃないのかな?」 突然訪ねて来たわけではあるまい。 自分達の物思いに耽り、外の気配に気付かなかったのは迂闊としか言いようがないが 常の美希なら来る前に電話なりメールなりしそうなものなのに。 ラブの言葉に祈里は痛みを堪えるような顔になる。 「…約束、してたの……」 項垂れ、祈里は背中を丸める。 「美希ちゃんの部屋でね、一緒に勉強しようって…。」 「へ?じゃあ、なんで……」 自分を部屋に上げたのか、そう言いかけてラブは口をつぐんだ。祈里の自嘲があまりにも深そうで。 「忘れちゃったの。ラブちゃんの顔見たら」 ラブが訪ねて来てくれた。会いに来てくれた。例えどんな理由でも。祈里を詰る為だとしても。 ラブが自分から祈里の元へ足を運んでくれた。 舞い上がった。有頂天になったとすら言える。そして。 そして、美希とのささやかな約束など一瞬にして頭から消し飛んでしまった。 「…ブッキー…」 祈里は鞄に手を伸ばし、中を探る。底の方まで落ちていたリンクルン。 チカチカと点滅する光を見て、祈里は一層苦し気に顔を歪める。 何度着信があったのだろう。メールも何通も来てるに違いない。 多分、そこにはいつまで待っても現れない祈里を心配する美希が沢山いる。 この間の買い物。せつなとのやり取りを美希に詳しくは話していない。 それでも美希は何かあったのだと察してくれてる。 ずっと気にかけてくれていた。 電話で、メールで、放課後待ち合わせてお喋りして。美希は無理に聞き出そうとは決してしない。いつも祈里から話すのを待ってくれる。 今日だってきっとそう。 少しでも祈里の心が晴れるように何時間でも付き合うつもりだったに違いないのだ。 連絡も入れず現れる気配の無い祈里にどれほど気を揉んでいたのだろう。 何かあったのかと心配し、出ない電話や返信の無いメールに焦れて。 それならいっそ、と直接訪ねて来たのだろう。 そして、その結果がこれ。 聡い美希は瞬時に理解したに違いない。 祈里は美希の顔を見るまで、いや、顔を合わせた後でさえ約束の事なんてすっかり忘れていた事に。 美希に詫びる事すらせずにひたすら言い訳を並べ、ラブを庇う姿に どれほどやるせない思いをしただろう。 リンクルンを開く勇気がでない。 メールに溢れているであろう祈里への労りと思い遣り。 それに対峙するには今の自分は愚かすぎる。 その美希の思いを直視する資格など無いように思われた。 「…ねえ、ラブちゃん…」 泣き笑いの形に顔を歪めて祈里が問う。 「わたしって、昔からこうだったのかな……?」 結構、良い子のつもりだった。 少し前なら先約があるのを忘れるなんて考えもしなかった。 学校でだって目立つ存在ではないけど真面目にやってて友人だっている。 獣医を目指してるんだから勉強だって頑張ってる。 誰かの役に立ったり、人に喜んでもらう事が自分の喜び。 せつなの事は。せつなにしてしまった事は、そんな自分がおかしくなってしまったからだと思っていた。 「ラブちゃん、わたしね。せつなちゃんが好きで。好きで好きで好きで好きで………」 狂ってしまったのかと思っていた。 自分の中にあんなにも激しい感情があるなんて信じられなくて。 体を突き破りそうな激情を持て余して。 他の事は何も考えられなくなって。 苦しくて、苦しくて。無理矢理にでも奪えば、解放されるのかも知れない。 だから……。 「でも、違った。全部、何もかも…間違ってた」 やった事も、言った事も、今までも、たった今だって。自分が良い子だったって思ってた事も。 きっと昔から我が儘で自分勝手な人間だったんだ。 自分のやりたい事、欲しいもの。手に入れる為ならどんな事だって出来る卑怯者だったんだ。 恵まれてただけ。 恵まれ過ぎてて、自分がどんな人間か直視せずに済んだだけだったのではないのか。 いつだって欲しい物は手の届く場所にあった。 何かが欲しいと思う前に与えられてた。 両親は躾には厳しく無駄な贅沢はさせなかったが、お金で買える物には元々それほど執着が無かった。 物も愛情も空気のように体を包んでいるのが当たり前で、誰もがみんなそんなものだと思っていた。 自分は与える事に喜びを見出だす人間。 大切な人に笑顔になって貰うのが何よりの幸せ。 そう、信じて疑いもしなかった。 でも違った。 今までの自分を思い返す。 誰かの幸せの為に痛みを堪えて宝物を差し出した事は無かった。 欲しくてたまらない大切な何かを誰かに譲った事も無い。 もし自分の一部とも言えるほどかけがえのない物を手放しても、 それを手にした相手が喜んでくれるなら構わない。 そんな風に思えただろうか。 「無理だよね。だから…こうなってる…」 自分の考えに祈里は茫然とした。 いつだって人に与えていたのは手放しても惜しく無いもの。 身の回りに有り余るおこぼれを上から投げ落として悦に入っていただけではなかったか。 感謝の言葉や眼差しを心地よく浴びたいが為に施しを与えていただけではないのか。 恐ろしい。足元がガラガラと音を立てて崩れていく。 どれほど傲慢な笑顔を振り撒いていたのか。 自分では労りねぎらうつもりで掛けた言葉は本当に相手に届いていたのだろうか。 何もかもが偽りに彩られている気がした。 これっぽっちも優しくなかった自分自身。 せつなの言った通りだ。 馬鹿で、傲慢で、欲張りで。しかもそれを今の今まで実感してはいなかった、残酷なほど幼い自分。 そんな自分にせつながくれたのは、途方もなく甘く優しい罰。 笑顔で側にいる事。 せつなの幸せを見届ける事。 やっと分かった。情けないほど自分を甘やかしていた。 一度だって、本気で自分をどうしようもない人間だと思った事は無かったのだから。 せつなは、そんな祈里でも何とか乗り越えられるだろう甘い甘い償い方を教えてくれたのだ。 せつなの為ではない。祈里が罪に押し潰されてしまわない為に。 「どうしてそう極端なのかなあ……」 よっこらしょ、とラブが祈里の横に腰掛ける。 青い顔で項垂れる祈里の頭をコツンと小突いた。 「天使か悪魔か、どっちかでなきゃいけないってコトないでしょ。 誰だってその間でふらふらしてるもんじゃない?」 「……でも………」 祈里はゆるゆると首を振る。 確かにそうだ。誰にだって天使のように優しくなれる時、悪魔のように残忍になれる時がある。 それでも、と祈里は思う。 いざという時。何か危機や困難に直面した時、天使か悪魔かどちらかにしかなれないなら、 ラブは間違いなく天使になる事を選べるだろう。 大切な人の為に。もしかしたら、見ず知らずの他人の為にさえ我が身を 投げ出せるのがラブだと知ってる。 でも自分はどうだろう。少し前までなら、自分だって天使になれると無邪気に信じられた。 でも、今は…。 息が苦しい。自分が身勝手で利己的な人間だと認めるのがこれほど痛いと知らなかった。 苦痛から逃げ出す人間だと思われたくない。 でも、初めて愛した人を、姉妹のような親友達を裏切り傷付けた自分を 真っ当な人間だと考えるのを己の心が拒んでいた。 お前に愛や信頼を口にする資格は無いのだ、と。 「ねぇ、ブッキー。あたしそんなにイイコじゃないよ…」 ラブはポリポリと頭を掻きながら溜め息をつく。 「今日だってさ…別に、せつなのカタキ取ろうとか、そんなんじゃない」 だって、そうでしょ?こんな事、せつなが喜ぶ訳ない。 余計に苦しませるだけだって考えなくたって分かるもん。 それなのにさ…… 「恐かったんだ、あたし」 「……恐かった…?」 「なんか、色々薄れていくのが……」 辛かった。悲しかった。痛くて苦しくてどうしようもなかった。 ただ息をして、生きていくのすら難しい気がしていた。 それでも時間が経つにつれ、少しずつ傷が癒えて行くのが感じられた。 せつなの笑顔に祈里が応え、美希が側にいてくれる。 同じ場所で笑っている自分がいる。楽しいと感じている自分がいる。 何もかも無かった事にしてしまいたい。 また四人で笑いながら過ごして行きたい。 このまま月日が流れ、すべてが遠い過去になってしまえば……。 「ホントは…そうなれば一番いいのかも。ゆっくり傷を治して、ゆっくりお互いを許し合って…」 でも、それは嫌なのだ。とラブは拳を握り締める。 悪夢にうなされるせつなを見る度に、せつなの中に残った祈里の影を感じてしまう。 苦しむせつなを見るのが辛いだけではない。 悔しいのだ。 ずっと大切に守っていきたかった。 手のひらにくるみ込み、胸で温めてきた宝物。 それに理不尽な力で大きな傷を付けられた。 その傷さえ愛しい、そう思えるほど大人にはなれなかった。 穏やかに過ごす四人での時間にふと痛みを忘れている自分に気付く。 束の間の安息に、もしかしたらこのまま。このまま、元に戻れるかも知れないと淡く胸が温まる。 それでも目の前の傷はそれを忘れさせてくれない。 一瞬でも忘れようとした自分が許せなくなる。 忘れたい。忘れられる訳がない。 許したい。許したくない。 戻りたい。出来るはずない。 もし奇跡が起きて時間を戻せたとしても…。 また同じ事が起こるかも知れない。 だって心は変わらないのだから。 どれほど時間を遡ってもせつなを好きな自分は変わらない。 祈里だってそうだ。 そしてせつなも。きっとまた好きになってくれる。 そう、躊躇うことなく信じられるのに。 なのに立ち止まったまま足掻いている。 せつなは血を流しながらも、その傷を抱いていくと決めたのに。 共に歩む為に前を向いているせつなが眩しかった。 せつなが選んでくれた。 私はあなたのもの。そう言ってくれた。 相応しくありたいのに。 薄汚れた嫉妬にもがく姿なんか見せたくないのに。 せつなと祈里が悪夢と言う名の逢瀬を重ねている。 そんな風に感じる自分が堪らなく矮小でいたたまれないのだ。 「馬鹿だよねぇ……。せつなはあたしが好きって言ってくれてるのに。 せつなの隣にいて恥ずかしくないようになりたいのに」 やってる事は逆ばっかだよ。 せつなの中の祈里は消せない。 それなら祈里の中のせつなを真っ黒に塗り潰してしまえばいい。 せつなと同じ目に。別の存在を祈里の奥深くに無理やり捩じ込んでしまえば…。 「何でだろうね。やっちゃった後でないとどんだけ馬鹿か分からない…」 多分、それも間違い。 やってしまった後でも理解なんて出来てないんだろう。 分かったつもりになるだけ。 美希を、傷付け蔑ろにしていた事を今まで気付けなかったように。 「あたしさあ、ブッキーも好きなんだよねぇ…」 「………ラブちゃん…」 「ブッキーもあたしが好きでしょ…?」 コクリ、と頷く祈里を見て、あんなことされたのに、とラブは苦笑いする。 でも本当にそうなのだ。 きっと、途中で止めて貰えなくても。この先悪夢にうなされたとしても。 ラブを嫌いになる自分は想像出来なかった。 羨ましくても、妬ましくても、ラブさえいなければ、とすら思った事はなかった。 「困ったよねえ。恋敵なのに」 「……せつなちゃんも、そうなの…?」 だから、これほどまでに庇ってくれる。 おずおずと尋ねる祈里にラブはあからさまに嫌な顔をする。 この程度の事で一緒にするな、そう顔に書いてあるのがありありと読み取れた。 また不用意な言葉を口にしてしまった事に祈里は身を縮める。 「せつなはブッキーが好きだよ。あたしの為に許さないだけ」 「…………………」 「あたしが…あたしが、ブッキーを許してしまわないように頑張ってるの知ってるから……」 「許して…しまわない、ように……?」 「……ホントに、分からない?」 くしゃくしゃになった表情を隠すようにラブは抱えた膝に顔を埋める。 祈里は頭を振りながら滲んできた涙を必死に堪えていた。 分からないはずはない。 ずっと前から分かっていた。 ラブもせつなも許してくれている。 祈里自身が自分を許せないから罰を与えてくれてただけ。 自分よりもずっとずっと傷付いているはずの二人が、更に我が儘に付き合っていてくれてただけなのだ。 想う相手を諦める。それがどれほど難しいか分かるから。 目の前で微笑む愛しい相手に指一本触れられない。 自分ではない、他の誰かの腕の中にいる想い人をただ見ているだけ。 それがどれほど心を引き絞られるかが分かるから。 ラブにはせつながいる。 せつなにはラブがいる。 それだけで、他に何もいらないから。 だから、すべてを許して痛みを堪えてくれていた。 堪えようと耐えてくれていた。 そして、少し零れ出してしまったのだろう。 荒れ狂う思いの塊をせつなにぶつける訳にはいかない。 それならば自ずと向ける相手は決まっている。 祈里には、傷付いても耐える義務があるのだから。 「ねえ…あたし達、もっと大人だったらこんな風にはならなかったのかな…。 もっと大人だったら、こんな馬鹿な真似、せずに済んだのかな…」 何の覚悟も出来ていなかった。 痛みを引き受ける覚悟も。 大切な人を傷付ける覚悟も。 どんな結果であろうと受け入れる覚悟も。 ただ何もせず、流れに身を任せる覚悟すら。 見苦しく足掻き、自棄になって刃を振り回す。 後で更なる後悔が待っているとも知らずに。 「美希たんに、謝ろっか。二人で…」 「……でも…」 今さら謝罪に意味なんてあるのだろうか。 (アタシは許さないから。) (これ以上、失望させないで。) 美希の凍えた声が頭を巡る。 裏切ってしまった、どんな時も真っ直ぐに手を差し伸べてくれ続けた人。 美希の瞳から放たれた氷の矢。 そんな視線を幼馴染みに向けなければいけなくなった美希に詫びる言葉なんかあるとは思えなかった。 「許してもらえなくても、さ。悪い事した時は謝らなきゃ」 「ラブちゃん…」 それにね、謝ってもらいたいもんなんだよ。許す、って言ってあげられなくても。 はぁ…。と、深く溜め息をつくラブを祈里は横からそっと見つめる。 ラブは何度こんな溜め息をついて来たのだろう。 「ごめんなさい」 「あたしにはもういいよ。さっき言ってもらったし」 「分かった」 「ああ、でも許した訳じゃないからね」 「うん。それも分かってる」 許す。とは言ってはいけない。 それはラブの意地なのだろう。 祈里は何となくそれを感じ取り、そのラブの気持ちが何故か嬉しかった。 祈里が叶わなくともせつなを想う。 その想いが続く限り、ラブは祈里を許すとは口には出さないつもりなのだ。 許しを請う為に謝るのではない。 少しでもマシな人間になりたいから。 的外れな謝罪しか出来ないかも知れない。 美希やせつなの気持ちなんて分かっていないのかも知れない。 それでも、言葉にしなければならない。 伝わらなくても。撥ね付けられても。 相手を思い、気持ちに寄り添う努力を放棄する言い訳なんてどこにもないのだから。 「ラブちゃん、わたし、謝りたい。美希ちゃんにも、せつなちゃんにも…」 初めて、そう口にした。 みっともなく掠れた声。怯えを隠せない震える唇。 謝罪はいらない。許したくない。せつなには、面と向かってはっきりそう言われた。 やってしまった事を謝るのではない。 余りにも愚かだった自分に気付けなかった事を謝りたい。 せつなが好き。多分、これからも。 美希が大切。それなのに守ってもらって当たり前になっていた。 せめて罪を償うに足る人間になりたい。 甘え、頼り、寄り掛かったままその事に気付きもしない。 そんな人間のままでいて良い訳がない。 急に強くはなれないのは分かっている。 でもせめて…自分の弱さや愚かさから目を背けずに。 一つ一つ、ほんの少しずつでも気付いた事を糧にして行きたい。 もう一度、友達と呼んでもらえるように。 み-362へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/115.html
「今日はクリスマスイブね。この前のペンダントのお礼を兼ねてクリスマスプレゼント」 私はラブに昨日の夜ラッピングをしたプレゼントを渡す。ラブ、喜んでくれるといいけど。 「ありがとう、せつな」 「中を見て、文句を言わないでね」 「ここで開けてもいい?・・・・アカルン使用券?」 「お父さんやお母さんにいつまでも迷惑を掛けられないから、お金をかけられなくて。 こんなものでごめんなさい」 「せつな、ありがとう。せつなから貰うものなら何でも嬉しい」 私の大好きないつものラブの笑顔。だけど、いつもより輝いて見える。 大好きな人が喜んでくれる。笑顔でいてくれる。それだけで、私も嬉しい。 お父さんもお母さんもクリスマスイブということで、早めに仕事を終わらせてくれたみたいで、4人でパーティの準備を始める。 「お母さん、刷毛で鳥肉に塗っているの、何」 「これは溶かしバターで最後に塗ると、皮がカリっと焼けて香ばしくなるの」 鳥の形そのままのお肉。お母さんが近くのお肉屋さんに特別に注文していたものらしい。 「ラブ、手に持っている緑の野菜、何」 「ピーマンだよ」 でも、今日はクリスマスパーティーなのにピーマン、どして? 「ベーコンが油が出るくらいまで焼いて、そこに適当に切ったピーマンを入れるっと。 あたしは焦げめがついたくらいいいかな。ピーマンに甘味が出て。 最後にちょっと多めに塩胡椒を入れる。お父さんのお酒のおつまみにもぴったりだよ」 「お父さんが作っているの、何」 「ホワイトシチュー。じゃがいも、人参、玉ねぎを煮込んで、ルーを入れて一煮立ちしてから火を止めて、最後に湯掻いたほうれんそうを入れる」 人参を煮ていた時点でラブは諦めていたみたいだけど、お母さんは不意をつかれたみたいで、なんとなく顔が青ざめているような気がする。 「二人とも、僕のシチュー食べられないって言うのかい」 「・・・・」 「私は精一杯、食べるわ」 「せつなは嫌いなものが入っていないかもしれないけど・・・・」 「せっちゃんはお皿出してくれる」 「はい」 「いただきます」 4人で囲む食卓。いつもの家族の団欒。 だけどいつもと違う、心が弾む感じがする。これがクリスマス? 「あたしの小さい頃なんだけどね。 サンタさんにプレゼントをくれたらお礼を言おうと思って、寝ないで待っていたことがあったんだ。 でもそこにお父さんが来たから驚いて・・・」 「そうかそれでラブは、お父さんが来たから、サンタさんが来なかったって泣いたんだね」 「なかなか泣きやまないラブをなだめるのに苦労したわよ」 私の知らないクリスマスの思い出。 でもいつか今夜のことも思い出となって、こうやって話題に出るのかもしれない。 今日はお父さんもお母さんも早く帰ってきたからか、いつもより後片付けに時間がかかったといっても、寝るというにはまだ早い時間。 自室に戻ろうとすると、 「後で、あたしの部屋に来てくれる?」 「まさか、今夜は何もしないから、多分、ねとか言っちゃったりする?」 「・・・・・・」 「そんな展開になったら、すっごく私が困るんですけど」 「せつな、もしかしてあたしの事嫌いになった?それとその口調、なんかいつものせつなじゃない。もしや、セレワターセ!!」 「違う、私だけど私じゃない」 「分かった確かに、せつなだね。今夜は何もしないから、おそらく」 「・・・・・・」 「冗談、冗談。さっきのコレ」 と言って、赤いカードを渡してくれる。私がラブに渡したプレゼント、アカルン使用券。 「コレ使ってもいい?あたし、せつなと行ってみたい所があるんだ」 「―――」 「そんな所でいいの?普段行けない所でもいいのに」 「うん、夜にせつなと行ってみたかったんだ。お母さん達が心配するから暗くなってから出かけられないし」 「じゃあ、せつな、お願い」 「分かった。アカルン、お願い」 ここは、クローバータウンストリートが見渡せる丘の上。 私が初めてお母さんと出逢った場所、そしてその夜、私に初めて家族ができた場所。 「ここは、せつなとお母さんが初めて会った所だったよね」 「そうね」 私とラブは寄り添いあって、丘の上から眼下に広がる街を眺める。 家々に明かりが灯り、街全体がまるでクリスマスツリーのよう。 あの光一つ一つに、幸せがあるのだろう。 家族でクリスマスパーティーをしていたり、 子供達がサンタさんのプレゼントを待ちながら眠っていたり、 恋人達が寄り添いながら愛を語ったりしているのだろう。 私がイースだった頃、壊していた幸せ。 私の寒さだけじゃない心の震えを感じたのか、ラブが私の肩に腕を回してくる。 「いつでも来れるのにわざわざここにしたのどして、とか思ってる? ここは、あたし達プリキュアが守ってきた街、そしてこれからも守っていく街が見える所。 あたしや美希たん、ブッキーだけじゃないよ。せつなも守ってきたんだよ、この街を。 だからこんなに幸せが満ち溢れている」 「それに、――――」 え、ラブ今何か言った? 「ううん、なんでもない。寒くなってきたね。もう帰ろう」 「うん」 私はラブの言葉に頷きながら、眼前の景色に意識を向ける。 月の光に照らされ、シロツメクサの緑の葉っぱは白い花のように、山の稜線は白く浮かび上がって見える。 山のあなたの空遠く、「幸」住むと人のいふ。 噫、われひとと尋めゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ。 山のあなたになほ遠く、「幸」住むと人のいふ。 山の遥かずっと向こうに幸せがあるという。 でも、私の幸せは山の向こうにあるのじゃない。 ここに、クローバータウンストリートに、そして、ラブのそばに在る。 了 本文中の詩「山のあなた」カール・ブッセ作 上田敏訳 SABI11はラブ視点で
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/503.html
蒼の喪失(前編)/一六◆6/pMjwqUTk 「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」 少女たちが、右手を上げて高らかに叫ぶ。 その中央、凛として見上げる八つの瞳の先にあるのは、巨大な水晶に閉じ込められた、ソレワターセの姿。 「はぁ~~~~!!」 少女たちの気合とともに、水晶はみるみるうちに直視できないほどの輝きを放ち、中から断末魔の叫びが上がる。 「シュワ、シュワ~・・・」 そして。 パン!パン!パン!と三つの乾いた破裂音を残し、ソレワターセは跡形もなく消滅した。 (要するに、四人の気持ちが揃わないと使えない技、というわけね。) ウエスターの報告を思い出して、ノーザはフン、と鼻をならした。 ―――メビウス様が、しびれを切らしておいでです。そろそろインフィニティを手に入れなければ、如何にあなたといえども、お叱りを受けますよ。 さっきそう言い捨てて帰って行った、慇懃無礼なクラインの顔を思い出す。 (ふん、見ているがいいわ。これがあれば・・・。) ノーザの手にあるのは、ソレワターセの実。しかし、普通の実は鈍い緑色をしているのに、その実は血のような赤に染まっている。 まだ消去されずに残っていた、イースの管理データの一部。それを使って特殊能力を持たせた、特別製だ。クラインはこの実を届けに、本国からやって来ていたのだった。 このソレワターセの特殊能力。それは、記憶を消す力だ。攻撃を受けた者の記憶を封じ込め、思い出せなくする力。事実上、裏切り者のイース――キュアパッションになってからの彼女に関する記憶を、その者の頭から消すことが出来るのだ。 (ふふふ・・・。仲間から、今更ラビリンスのイースとして見られたら、あの子はどんな顔をするかしらねぇ。) ノーザは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。 (問題は・・・誰を選ぶか、ということね。) このソレワターセの欠点は、記憶の封じ込めを維持するために、不幸のゲージの中にある、貴重な不幸のエネルギーを消費しなくてはならないことだ。インフィニティ発動のために、無くてはならない不幸のエネルギー。だからそう長い間、記憶を奪い続けるわけにはいかない。 しばらくの間、プリキュアどもがあの新しい技を使えなければ、それでいい。その間にインフィニティを奪って、ヤツらを始末する。四人の気持ちが揃わないプリキュアなど、恐るるに足らない。 (だから、一番効率的な相手を、一人選ばなくては。) ノーザはゆっくりと、壁に貼られている少女たちの写真に近づいた。 (そうねぇ。イースと最も遠い関係にある人物。プライドが高く、人に気を許さず、それゆえの脆さも持っている子。) ノーザの長い爪が、ついに一人の少女の写真の上で止まった。 「・・・ふふふ。ターゲットは、あなたねぇ―――キュアベリー。」 蒼の喪失(前編) 秋も深まった、四つ葉町公園。ラブたちはダンスレッスンを終えて、いつものドーナツカフェに集まっていた。勿論、タルトとシフォンも一緒だ。 今度の週末から、トリニティが久しぶりのツアーに出かけると言う。だから、二週間ほどダンスレッスンはお休み。さっき、ミユキからそう言われた。 ―――お休みの間、自主練習はちゃんとやるのよ! ビシッと指を立ててそう言うミユキに、声を揃えて元気に返事をしたものの、中学生の彼女たちにとって、週末まるまるのフリータイムは、とってもわくわくするもので・・・。 「ねえねえ。じゃあ今度の土曜日、みんなでどっかに遊びに行こうよ!」 「いいわね。私も、その日は予定入ってないわ。じゃあ、冬物のお洋服でも、みんなで見に行く?」 「えっと、確かその日から、新しい映画が封切りだったんじゃないかな。それを観に行くっていうのは?」 「うーん、そうだなぁ。でもさ、秋はやっぱり、遊園地じゃない?」 「何言ってんのよ。ラブの場合は、秋だけじゃなくて年中でしょ。」 目をキラキラさせて喋る三人の話を、せつなもやっぱり、好奇心に目を輝かせて聞いている。 この世界は、まるで中身がいっぱいに詰まった宝石箱みたいだ、とせつなは思う。どれも色や形が違い、それぞれの光を放って輝く、数々の宝石。目の前に無造作に並ぶそれらを、ひとつひとつ手に取り、眺め、そして選ぶことができる。何て楽しくて、明るくて、そして自由なんだろう。 「ねえ、せつなは? せつなは、どこに行きたい?何がしたい?」 ふいにラブに呼びかけられて、せつなは我に返った。 「え?私?」 「うん。せつなが決めてよ。今挙がってるのは、ショッピング、映画、それと遊園地。もちろん、他の場所でも大歓迎!せつなの好きなところに決めてよ。ねぇ、どこにする?どこがいい?」 「ちょ、ちょっと待って、ラブ。」 畳みかけるラブと、慌てるせつな。その様子を見ながら、美希は小さく苦笑する。ラブが最近、何かと言うとせつなに決定権を持たせようとしていることに、美希は気付いていた。 この世界に来るまで、「選ぶ」ということを知らなかったせつな。最初はドーナツカフェの飲み物ひとつ、文房具ひとつ、自分では選べなかった。それどころか、自分の好みすら―――何が好きで、何が嫌いで、何が自分に似合うかなんてことも、まるでわからなかった。 ラブの家で過ごすようになって数カ月。飲み物や食べ物、洋服や本・・・。人より時間をかけて迷いながら、彼女は少しずつ、自分のものを自分で選べるようになってきた。選ぶことを、楽しめるようになった。 ただ、今のような場合―――自分の選択が、仲間や家族、周りの人たちの行動まで決めてしまうと思うと、途端にせつなは逡巡してしまう。 「そんな・・・私には決められないわ。どれも楽しそうなんだもの。」 (やっぱり。そう言うと思った。) そう思っていることを顔に出さないようにして、 「え~!それじゃダメだよ、せつなぁ。」 ラブは思い切り、口を尖らせてみせる。 「せつなが決めたところに、みんなで行くのが楽しいんじゃない!」 「でも・・・」 助けを求めるように、困った顔で自分と祈里に視線を向ける彼女に、美希は優しく笑いかけた。 「ねえ、せつな。どこに行って何をしたって、こういうことに、成功とか失敗とか無いのよ。」 「そうそう。」 祈里が隣から、いつもののんびりした調子で相槌を打つ。 「誰かが決めたところに遊びに行く、っていうのはね。一人の好みにみんなが合わせよう、ってことじゃないの。自分ではなかなか選ばないような場所に出かけていく、っていう楽しみ方なのよ。そして、発見するの。」 「発見?」 「そう。ああ、この人はこういう場所が好きなんだなぁ、とか、こういうところも楽しいんだなぁ、とかね。同じものを見て、誰かと同じように感じたら嬉しいし、違っていても、やっぱりお互いのことがもっとよくわかって、嬉しいのよ。だから、みんなで出かけるのは楽しいの。」 「でも、そこが楽しくなかったら?」 「その時はね、こうするの。」 美希は、眉をワザと八の字に寄せ、怒っているような、困っているような顔を作って見せる。 「『なぁんなの?ここ。サイテー!!』 そうやってみんなで盛り上がるのも、結構楽しいわよ。」 声まで変えて、“悪口で盛り上がる中学生の図”をやってみせる美希に、せつなは思わず噴き出し、ラブと祈里は目が点になる。 「笑うことないでしょ?せつなのために、実演してるのに。」 「でも美希ちゃん。何もそこまでしなくても・・・。」 「そうそう。美希たん、綺麗な顔が、台無しだよ。」 ラブと祈里の冷静な突っ込みに、美希の顔もさすがに赤くなる。 「みきぃ、へんなかお~!」 シフォンが嬉しそうにはしゃぎながら、はぐっ、と勢いよくドーナツにかぶりついた。 「もうっ、シフォンまで・・・。」 「ふふっ。ありがとう、美希。私、ちゃんと決めるわ。でも・・すぐには決められそうにないから、もう少し考えてもいい?」 ひとしきり笑った後、自分を見つめてそう言うせつなに、美希は一瞬、眩しそうに目を細める。 (こういうところが、せつなって真面目で素直なのよね。) 自分にはなかなか真似のできないまっすぐな彼女。でも勿論そんなことは口には出さず、美希はパチリとウィンクしてこう言った。 「もっちろん。完璧なところ、選びなさいよ!」 「美希ちゃん、失敗してもいいんじゃなかったっけ・・・。」 祈里の再度の突っ込みに、ドーナツカフェに、また新たな笑い声が広がっていく。 「ええなぁ。なんか楽しそうやなぁ。」 「タルトちゃんも行く?」 「でも、わい、その日はここで、『タルやんのイリュージョンショー』があるんや。」 「・・・あれ、まだ続けてたんだ・・・。」 なんか、似たような会話を以前も聞いたことがあるような。あれは、いつだったっけ・・・。 美希がそう思った瞬間、 「ソレワターセ!!」 公園の一角にある雑木林の方から、突如、咆哮が響き渡った。 「わ!マズい。シフォン、行くで。」 「プリ~・・・」 タルトがシフォンの手を引っ張って、慌てて林の反対方向に走る。 「ソレワターセが?どうして突然?」 「シフォンちゃんは、今日はまだインフィニティになってないのに。」 「インフィニティになる前に奪う作戦かもしれないわ。とにかく早く行かないと!」 「うんっ!何だかわかんないけど、みんな、行くよっ!」 ラブの声に力強く頷いて、少女たちはそれぞれのリンクルンを構える。 「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!!」 桃色、青、黄色、赤・・・オーロラのような色鮮やかな光のベールが一瞬の輝きを放った後。 現れる、四人の伝説の戦士。 ツインテールをなびかせて駆けるキュアピーチに、ベリー、パイン、パッションが続く。 「ソ~レワタ~セ~!!」 巨大な草の蔓を幾重にも束ねて、人型をこしらえたような姿。中央にあるのは、不気味に光る赤いひとつ目。 それは何度も見たことのあるソレワターセの姿ではあったが・・・何だかいつもと様子が違う、とパッションは思った。隣りに立つパインも、同じことを思ったらしい。 「何だか今日のソレワターセ、色が変。こんなに赤かったっけ?」 「そうね・・・。もしかしたら、何か特殊な能力を持っているのかも。みんな、気をつけて!」 「わかった!じゃあみんな、行くよっ!」 互いに目と目を見かわして、四人は走り出す。 ソレワターセの触手を跳んでかわすベリーとパッション。すぐさまひらりと飛び上がり、高速の回し蹴りを見舞う。 「ダブル・プリキュア・キーック!!」 身を屈めて後方へ跳んだソレワターセ。その太い触手が、着地しかけたベリーの足元を狙う。 「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」 同時に踏み込むピーチとパイン。ベリーに迫った触手を、横から撥ね上げる。 触手が流れた隙に、本体に迫るベリーとパッション。パンチとキックの連打が、ソレワターセを襲う。 と、それに応えるかのように、二人の死角から伸びる、一本の触手。 「ベリー、危ないっ!!」 疾走したパインが、触手に体当たり。そのまま捕まりそうになった彼女を、間一髪で抱き止めるピーチ。 (何かおかしい・・・。) 鞭のような触手の動きを空中で回避しながら、パッションは不安に眉をひそめる。 (なんだか・・・ベリーばかりが狙われているような気がする。) そもそも、どうして今日のソレワターセは、シフォンを追おうとしないのだろう。 その時。ピーチが触手に弾き飛ばされる。受身も取れないまま、地面に叩きつけられる彼女。 「うっく・・・」 「ピーチ!!」 ピーチを襲う触手に、ベリーが放つ、矢のような蹴り。その後ろから伸びる触手に、肘をとばすパッション。 その隙にパインは、ピーチを抱えて触手の下を掻い潜る。そして攻撃の届かないところへ、彼女をひとまず避難させた。 「ピーチ、大丈夫?」 「うん・・・ありがとう。もう平気だよ。」 何とか自分の足で立ちあがったピーチが、再び攻撃に加わろうとした、その時。 「ベリー!!」 パッションの抜き差しならない声に、ピーチとパインは、ハッとして顔を上げた。 ベリーが触手に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのだ。 空中高く舞い上がるパッション。手刀で、ベリーを拘束している触手を狙う。が、するすると伸びたもう一本が、彼女の攻撃を阻む。 「くっ。邪魔よっ!」 前を塞ぐ触手を、拳で撥ね上げる。そのとき、パッションは見た。ベリーを捕えた触手を伝って、何か赤い光のようなものが、彼女の体に流れ込んだのを。 「うわぁぁぁぁぁ~!!」 絶叫を上げるベリー。パッションは、目の前の触手を蹴って跳躍する。そしてベリーの体を抱きかかえ、触手を引き剥がそうと、渾身の力を込める。 「プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュッ!!」 ピーチの声が響き渡る。目の前が明るくなり、ベリーを拘束していた触手が緩む。その隙に、パッションはベリーを抱えあげると、そのまま大きく跳んで地面に着地した。 「あ・・・」 「ソレワターセが・・・」 ピーチとパインの驚いたような声に、何事かと顔を上げたパッションも絶句する。 目の前で、ソレワターセの姿が次第に薄くなり、そのまま霞のように、消え失せてしまったのだ。 後には、気を失ったまま、変身が解けてしまった美希と、三人のプリキュアが残された。 「美希!美希!しっかりして!」 パッションは変身を解いてせつなの姿に戻り、美希を抱き起こす。 「・・・ん。」 少し苦しそうに顔をゆがめてから、美希の目が、ゆっくりと開いた。そして。 「・・・!!」 驚きに目を見張り、慌てて跳び退るように自分から離れた美希に、せつなはあぜんとした。 (・・・どうして?) 自分を見る、美希の瞳。そこに浮かんでいるのは驚愕と、それから・・・かつてのせつなが、よく目にしていた感情。こんな目で美希に見られるのは、久しぶりだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!大丈夫?」 同じく変身を解いて駆け寄ってきたラブと祈里も、美希の口から飛び出した言葉を聞いて、呆然とする。 「ラブ!ブッキー!どうしてせつなが、ここに居るのよっ!」 「・・・え?・・・何言ってるの?美希たん。」 「せつなは・・・彼女は・・・っつ・・・!!」 ラブに何かを言いかけた美希は、不意に顔をしかめて両手で頭を押さえると、そのまま喘ぐように、地面に倒れ伏した。 頬にかかる布地の感触に、美希は目を開けた。いつの間にかベッドに寝かされ、布団がかけられている。 「美希たん!気が付いた?」 ぼんやりと目に映るのは、心配そうにこちらを覗きこんでいる、ラブと祈里の顔。 「・・・ここは?」 「美希ちゃんの部屋だよ。美希ちゃん、ソレワターセの攻撃を受けて、気を失っちゃったの。」 「ソレワターセの?」 何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキンと痛んで、美希は顔をしかめた。 「それで・・・二人でアタシを、家まで運んでくれたの?」 「それはさすがに大変だから、せつなにアカルンで・・・って、どうしたの?美希たん!」 ガバッと布団をはねのけて起き上がった美希に、ラブが驚いて身を引く。 「せつな!・・・そうよ、ラブ。ねえ、どうしてせつなが、あの場に居たの?」 「どうして、って・・・」 「さっきもそんなこと言ってたよね、美希ちゃん。せつなちゃんが、どうかしたの?」 「せつなちゃんって・・・。ブッキー。あなた、いつの間に、せつなとそんなに親しくなったの?」 「・・・え?」 美希の言葉に、祈里も驚きに目を見開く。 美希は大きくひとつ息を吸うと、二人の親友に、噛んで含めるように言った。 「ラブ、ブッキー。二人も見たでしょう?あの子は・・・せつなは、イースだったの。アタシたちの敵なのよ。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 ラブと祈里は、ためらいがちに顔を見合わせる。そして意を決したように、ラブが美希に向き直った。 「美希たん。よぉく思い出してみて。せつなは、確かにイースだったよ。でも、今は?」 「・・・今?」 「そう。今のせつなは、誰?」 (今の・・・せつな?) そう考えた途端。頭蓋骨を直接万力で締め付けられたような痛みに襲われ、美希は声も上げられずに、ベッドに倒れ込んだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!」 「・・・ごめん。大丈夫よ。」 しばらくして起き上がった美希は、青ざめてはいたが、その声はしっかりしていた。 「何でだろう。今、物凄い頭痛がしたの。こんなの初めて。」 「美希ちゃん・・・。やっぱり、ソレワターセに何かされたのね。」 「ソレワターセに?」 「そう。美希ちゃん、ソレワターセに捕まったとき、凄く苦しそうに悲鳴を上げてた。その後すぐ、気を失っちゃったの。あのソレワターセ、色も変だったし、きっと何か特殊能力を持っていたんだと思う。」 祈里の冷静な分析に、 「何を・・・されたの?」 美希は恐る恐る尋ねる。 「それは、まだよくわからないけど・・・。でも、美希ちゃん。」 祈里は不安に揺れる瞳で、美希の顔を覗き込んだ。 「せつなちゃんのこと・・・まだ、イースだと思ってるの?」 「まだ、って何よ。」 祈里の不安が、さらに膨らむ。 「もしかして・・・。ねぇ、美希ちゃん。今日は、何月何日?」 「変なこと訊くのね、ブッキー。今日は・・・10月25日でしょ?」 「ソレワターセと戦う前、わたしたちが何をしていたか、覚えてる?」 「確か・・・カオルちゃんの店で、ドーナツ食べてたわよね。タルトやシフォンも一緒に。で、今度の土曜日、どこかに遊びに行こうって相談して・・・うっ!」 再び頭痛に襲われ、顔をしかめる美希。 「そっか・・・。完全な記憶喪失ってわけじゃないのね。」 「ブッキー、どういうこと?」 二人の様子を心配そうに見ていたラブが、泣きそうな目をして、祈里に詰め寄る。 「もしかしたら、記憶喪失になったのかなって思ったんだけど・・・。記憶が無いのは、せつなちゃんのこと限定なのかも。」 「せつなのこと?」 「・・・っていうか、キュアパッションのこと、って言った方が、いいのかな。」 「じゃあ、ソレワターセが?」 「うん。きっと美希ちゃんから、キュアパッションになってからのせつなちゃんの、記憶を奪ったんだと思う。」 「そんな!でも、何のために?」 「それは・・・よくわからないけど・・・」 ラブと祈里のやり取りに、美希が首をかしげた。 「キュア・・・パッション?」 「そう。あのね、美希たん。せつなは今、あたしたちの仲間、キュアパッションとして、一緒に戦ってるの。せつなが、四人目のプリキュアだったんだよ。」 ラブは美希に、彼女が奪われた、せつなの真実を話そうとする。しかしラブの話は、美希の苦しげな声で、すぐに遮られた。 「やめて!やめて、ラブ!頭が・・・頭が割れそう・・・」 ラブの言葉で、何らかの情景が浮かびそうになるたびに、途方もない力で、頭が締め付けられる。 痛みで真っ赤に彩られた脳裏に浮かぶのは、あの時の・・・正体を現した、せつなの姿。両手を真横に開き、こちらを睨みつける、暗い憎悪に燃えた眼差し・・・。 「ラブ!騙されちゃダメよ!せつなは、イースだったの。ラビリンスだったのよ!!」 まるでうわ言のようにそう繰り返す美希に、ラブはなす術もなく立ち尽くす。 この世界に来たばかりのせつなに、仲間の中で誰よりも気を遣い、早く彼女が慣れるようにと、心を砕いてきた美希。だが、せつながイースだった頃、いち早く彼女に疑念を抱き、警戒していたのも美希だった。そのせいだろうか。美希が、せつなと打ち解けて話せるようになるには、時間がかかった。 一月ほど前。初めて二人だけで出かけたときに何があったのか、詳しいことは、ラブは知らない。でも、あの日から二人の距離が縮まったのは、ラブと祈里の目にも明らかだった。 その美希が、今は全身で、せつなを拒絶している。やっと・・・やっと、互いに少しずつ理解し合い、歩み寄れたというのに。 俯いて、肩を震わせ、泣き出しそうになるラブ。しかし隣から、 「美希ちゃん!」 いつになくきっぱりとした祈里の声が聞こえてきて、目を上げた。 祈里は、ベッドにうずくまる美希の肩に手をやると、ニッコリと微笑んで、優しい声で言った。 「美希ちゃん。思い出そうとするから、頭が痛むんだと思うの。何も思い出さなくていいから、美希ちゃんが全く知らない、初めて聞く話として、ラブちゃんの話を聞いて。」 「ブッキー!」 ラブの瞳に、わずかに力が甦る。しかし美希は俯いたまま、ゆっくりとかぶりを振った。 「ダメだわ、ブッキー。アタシ、とても信じられない。あのせつなが、四人目のプリキュアだったなんて。アタシたちの仲間だなんて。ごめん・・・。ごめん、ラブ、ブッキー。」 「諦めちゃダメよ、美希ちゃん!!」 祈里は、美希の頬を両手で挟み、グイッと顔を上げさせた。彼女には珍しいその剣幕に、ラブも驚いて祈里を見つめる。 「せつなちゃんは、確かにわたしたちの仲間なの!以前はイースだったけど、今はわたしたちと一緒に、必死で戦ってるの!今の美希ちゃんが、せつなちゃんを信じられないと言うなら、それでもいい。それなら、ラブちゃんとわたしを信じて!お願い!!」 「ブッキー・・・。」 大きな目に盛り上がった涙をこぼすまいとするように、祈里は美希を強く見つめ続ける。普段は物静かなその瞳に、仲間を思う必死の思いが、そして、自分にせつなを取り戻させようとする、悲しいまでの祈りが込められているのを、美希は見せつけられる。 美希の中に焼きついてしまった、イースとしてのせつなの姿は、消えはしない。でも、脳裏にある彼女の憎しみに燃える瞳が、不思議と今は、やり場の無い哀しみを湛えた瞳のように、美希には思えてきた。 「わかったわ、ブッキー。やってみる。ラブ、話して。」 「うん。・・・辛くなったら、無理しないで、いつでも言って。」 ラブは、美希を気遣いながら、ゆっくりと少しずつ、話していった。 あの、ドームでせつなが正体を明かした、その後の物語を。 せつなと森の中で戦ったこと。その中で知った、せつなの想い。イースの寿命が尽きたこと。そして・・・大切な仲間になった彼女の、まだ紡がれ始めたばかりの、時間を。 せつなは一人、自分の部屋のベッドで、膝を抱えてうずくまっていた。 気を失った美希と、ラブと祈里を、アカルンで美希の部屋まで送り届けたのは、せつなだった。でも、せつな自身は、タルトとシフォンを家に連れて帰るからと言って、一緒に行くのを断った。 ラブは、いつもの夕食の時間をだいぶ過ぎた頃になって、やっと帰ってきた。どこ行ってたの?と眉をひそめるあゆみに、 「ごめ~ん。美希たん家で、つい話しこんじゃって。」 と明るく笑ってみせたラブだったが、その顔には、隠しきれない疲労がにじんでいた。 「あら、美希ちゃん家に・・・。せっちゃん、どうして一緒に行かなかったの?」 「あ、私、図書館に本を返しに行かなきゃいけなかったから。でも、後から追いかければよかったわ。」 「そう。」 下手な嘘をついてぎこちなく笑ったせつなに、あゆみは少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。 遅い夕食の後、ラブは、ところどころ言いにくそうにつっかえながら、美希の様子を話してくれた。せつなは、膝の上でギュッと手を握りしめて、黙ってラブの話を聞いた。 (やっぱり、そんなことだったの。) 戦いの後、気絶から覚めた美希の瞳に、浮かんでいたもの。驚きと―――そして、敵意と拒絶。それは、かつてイースが、ドームでの戦いの後、正体を明かしたときに、キュアベリーの瞳に浮かんでいたものと、同じものだった。 「今までのこと、全部話そうと思ったんだけど、さすがに長い時間は、美希たんも辛そうでさ・・・。でも、一番大事なことは、きちんと話したからね。美希たんも、わかったって、ちゃんと言ってくれたから。」 だから、せつなは何も心配しなくていいんだよ。そう言ってそっと抱きしめてくれたラブに、せつなは結局、何も言えなかった。 (美希・・・。) 今の美希の中では、自分はまだイースなのだと思うと、身体の芯が、さーっと冷たくなる。 ラブは、せつなが仲間になった経緯を、美希にきちんと話してくれたと言った。美希も、それをわかってくれたと言っていた。 でも・・・彼女は、今のせつなを思い出したわけではない。ラブの話を信じたと言っても、それだけで、美希は自分を受け入れることができるのだろうか。 ―――とても無理だろう、とせつなは思う。 イースとしてラブに近づいていた頃、美希が自分を疑っていることに、せつなは気付いていた。だから、キュアパッションとして生まれ変わり、仲間になった後も、自分を見つめる美希の眼が厳しいように思えて、せつなはなかなか、彼女に近付けなかった。 でも、本当は美希も、せつなと親しくなるきっかけを探していたのだ。 自分の考えや感情と向き合い、それを表現する経験をしてこなかったが故に、物事を言葉で伝えるのが苦手なせつな。 自分の弱さを見せるのを嫌うが故に、一度自分の気持ちを頭の中で組み立ててからでないと、表に出せない美希。 気持ちをストレートに表わすラブや、どこまでもマイペースな祈里には、うかがい知れない高いハードルが、二人の間にはあった。 初めて二人で出かけたあの日。最初は会話が弾まず、気まずそうだったけれど、美希が終始、自分に歩み寄ろうと努力してくれているのを、せつなは感じた。だからこそ、美希の役に立とうと、精一杯頑張った。その頑張り自体は空回りで、美希を疲れさせてしまったのだけれど・・・。でも、あの時二人は初めて、ハードルを越えられた。 美希は力強く、せつなの生き方を信じると言ってくれた。ひとりぼっちにはならないと、励ましてくれた。それがどんなに・・・どんなに、嬉しかったか。 (・・・美希。) せつなは膝を抱えたままベッドに横になり、身体を小さく丸める。 どうしても思い出してしまう。長いまつ毛の下から笑みを湛えて見つめる、美希の眼差し。時に力強く、時におどけた口調で励ましてくれる、美希の声。優しく差し出された、美希の手のぬくもり・・・。それらが自分に向けられる日は、もう来ないのではないか。 (―――美希!!) せつなは枕に顔をうずめ、声を殺した。 そして思う。一度、確かにこの手に掴んだと思ったものが、突然失われるということ。それは、こんなにも辛く、切なく、身を切られるように、痛いものなのかと。 どれくらいの時が経っただろう。 ラブの部屋から、タルトの回すオルゴールの子守唄が漏れ聞こえてくるのに、せつなは気付いた。 もう十時をまわっている。シフォンはとっくに寝ている時間だが、こんなときにインフィニティになったら大変と、タルトがずっとオルゴールを回し続けているのだろう。 (確かに、美希と私がこんな状態じゃ・・・えっ!?) せつなはあることに気付いて、ベッドから跳ね起きた。 ラブの部屋のドアを、小さくノックする。 「パッションはん。ピーチはんなら、お風呂やで。」 タルトの小さな声が、部屋の中から聞こえた。呑気そうな風貌とは裏腹に、タルトは桃園家の家族やプリキュアの足音を、遠くにいても瞬時に聴きわけるのだ。 「知ってるわ。ちょっと入るわね。」 部屋に入ると、タルトはオルゴールを回す手を休めず、目顔でせつなを迎えた。ラブのベッドでは、シフォンがもうぐっすりと眠っている。 「クローバーボックスが気になったんやろ?大丈夫や。ちゃんと蓋、開いとるで。」 「ホントね。良かった・・・。子守唄が聞こえたから、びっくりして来てみたの。」 せつなはタルトの隣に座って、四つのハートがくるくると回る様を眺めた。カラフルで美しいオルゴール。この中に、とてつもない力が秘められているなんて、とても見えない。 一度だけ、このクローバーボックスが開かなくなったことがある。ラビリンスの最高幹部・ノーザが現れて、もっと強くなりたいと、みんなで特訓を行ったときのことだ。 もう、私たちの力では、シフォンを守れないのではないか。そんな焦りと不安から、四人はチームワークを乱した。初めて喧嘩もし、仲間割れを起こした。そのとき、クローバーボックスは、どんなに力を入れても、頑としてその蓋を閉ざしたままだったのだ。 みんなの気持ちが合わなかったから、蓋が開かなかったんだろう、とタルトは言った。それならば、今の美希と自分の関係を考えれば、クローバーボックスはまた開かなくなっているのではないか。そうせつなは恐れていたのだ。 「なぁ、パッションはん。ソレワターセは、なんでベリーはんを、あんな目に遭わせたんやろか。」 「たぶん・・・目的は、私たちにグランド・フィナーレを使わせないことだと思う。」 プリキュアの新しい技、グランド・フィナーレ。ソレワターセをも倒すその必殺技は、四人のハートをひとつにして戦う技だ。ベリーがパッションを信じて、心を合わせてくれなければ、使える技ではない。 「なるほどなぁ・・・。せやけど、クローバーボックスは、こうしてちゃんと開くんや。まだ、望みはあると思うけどなぁ。ベリーはんだって、希望を捨てとらんから、ピーチはんの話を聞いたんと違うか?」 「希望を・・・捨ててない?」 せつなの目が、大きく見開かれる。 ―――どんなときも、希望を捨てちゃダメ! ピンチのたびに、そう言って仲間たちを励ましてきた、美希の声がよみがえる。 (そうね。美希は、希望のプリキュアだもの。きっとまだ諦めてない。最後の最後まで、希望を捨てるわけないわ。だったら、今の私に出来ることは・・・。) せつなの瞳に決意の光が宿った時、部屋のドアが開いて、ラブがタオルで頭を拭きながら入ってきた。 「あ、せつな、来てたんだ。」 「お邪魔してるわ、ラブ。あのね、明日学校から帰ったら、四人でここに集まってもいい?」 「勿論いいけど、何をする気?」 「美希に、どうしても伝えたいことがあるの。うまく伝えられるかわからないけど・・・。でも、今の私にできるのは、これだけだから。」 せつなはそっと、眠っているシフォンの頭をなでる。 あまりにも無防備で、あどけないその寝顔。私たちで、絶対に守り抜かなくてはならないもの。 そのためにも、そして美希のためにも、私に出来る精一杯のことをしよう。そう、せつなは誓う。 どんな状況でも、最後まで絶対に諦めない。その大切さを、その力の強さを、私はみんなに、身をもって教えてもらったのだから。 ~前編・終~ 複数36へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/841.html
風が強くなってきた。 せつなが煽られた髪を押さえながら荒れ始めた海を眺めている。 鼻を突く潮の香。 鈍色の空と白く泡立つ灰色の海はその境目を鉛色に溶け合わせ、 嵐の予兆を惜しげもなく振り撒いていた。 真夏の炙られるようなジリジリとした黄色い太陽。絵の具で塗ったような真っ青な空と白い雲。 紺碧のグラデーションの間にアクセントを描くような白い波を抱いた海。 ダンス合宿からまだそれほどの時は経っていない気がするのに、この様変わりはどうだろう。 「台風が来てるんだってね。傘、持ってないなあ」 困ったねぇ。 今にも泣き出しそうな空の色に、ラブはちっとも困っていなさそうな暢気な口調で呟く。 「そうね…」 せつなもそう呟きながらも相変わらず風に髪をなぶらせたまま動こうとしない。 今日は随分遠出してしまった。 早く帰らないと夕飯に間に合わない。 アカルンを使えば一瞬の事。 しかし二人はその事を故意に忘れていた。 あと数日で夏休みが終わる。 せつなにとっては全く新しい生活が始まるのだ。 学校へ行き始めれば友人も出来るだろう。 今はラブだけが頼りのせつなも新たな世界の扉を開く。 二人だけの閉じた、でも濃密な蜜月は終わりを告げるのかも知れない。 それを惜しむように、ラブはせつなを誘った。 どこか遠くへ行こうか。二人だけでさ。 一瞬目を丸くしたせつなは嬉しそうにニッコリと微笑んでくれた。 海が見たい。そう言うせつなにもう一度合宿をした場所に行く事を提案した。 あの時はアカルンがテレポートさせてくれたけど、今度は電車で行く。 時刻表を調べ、計画を練る。かなり時間がかかる。 日帰りで行くなら相当早く出ないと遊ぶ時間も無さそうだ。 始発の人もまばらな電車の中。 並んで腰掛けながら、気が付けばしっかりと手を握り合っていた。 どちらからともなく。まるで当たり前のように。 共に暮らし始めてから、こんな風に直接触れ合うのは初めてだった。 海水浴シーズンには人で溢れ返る駅も秋の気配を見せ始めた今では閑散としている。 電車を降りても握り合った手はそのまま。 住んでいる場所から遠く離れたここなら人目を気にしなくてもいい。 ちょっと仲の良すぎる女の子二人。それだけだ。誰も見咎めたりはしない。 何をするでも無く、肩を寄せ合い歩く。 冷たい波に素足を洗わせ、蠢く砂のくすぐったさに笑い声を上げる。 それだけで瞬く間に時間が過ぎて行く。 一つ屋根の下で暮らし、ぐんと近くなった距離。意識するお互いの想い。 多分ずっと前から胸の中に芽吹いていた。 言葉にするには重すぎて。 触れ合ってしまえばどうなってしまうのか。 知らぬ振りで過ごすには余りにも甘く疼く切なさを持て余して。 繋いだ手のひらから流れる声にならない言葉が胸を塞ぎ、溢れ出してしまいそうで。 このまま、ずっと…… 永遠にこの時が続けばいいのに………。 「あれ?何かあったのかな。」 夕闇が迫りながらもぐずぐずと帰宅を伸ばしていた二人。 電車で帰るならもうそろそろギリギリの時間になっていた。 いざとなればアカルンが使えるのだからもう少しだけ。 そんな思いで駅までの道を行きつ戻りつしていた時だった。 朝はガランとしていたのに、小さな駅には不似合いなくらい大勢の困り顔の人。 「あの…、何かあったんですか?」 近くにいた中年男性に尋ねてみる。 シーズンオフの海にはあまりいない、いかにも中学生風の二人に軽く驚きながら 男性は説明してくれた。 ただでさえ本数の少ない電車が事故に合い、復旧の目処が立っていない事。 ここは海水浴シーズンは臨時バスも出て人で賑わうけど、それが過ぎれば バスも無くなり交通手段が無い事。 「お嬢ちゃん達、遊びに来たのかい?物好きだねえ」 「じゃあ、もう今日は電車は来ないんですか?」 「たぶん無理だろうね。天気もこれだしな」 男性は曇天にチラリと目をやりながら、親切に教えてくれた。 「あんた達、どこから来たんだい?」 「…四つ葉町です。」 「四つ葉町!?そりゃまた随分遠くから…」 軽く呆れた様に仰け反った男性は、「悪い事は言わないから、」と親切に助言をくれた。 今の内に泊まる場所を確保した方が良いと。 この時期になると安い民宿はかなり店仕舞いしている。 まだ電車が止まってしまった事を知らない人も多いだろうが、 帰れないと分かればあっという間に部屋は埋まってしまうだろう。 この辺りは安いビジネスホテルは無い。リゾートホテルは中学生の懐具合では無理だろうし。 「安い所もあるっちゃあるが。まあ、子供にはお薦め出来んしな。」 意味に気付き照れ笑いするラブに、きょとんと首を傾げるせつな。 そんな二人に男性は自分で言っておきながら気まずそうに頭を掻いている。 丁寧に礼を述べながらもラブは、「案内してやろうか?」と言う申し出を断っている。 人の良さそうな笑みを浮かべて立ち去る男性に何度も頭を下げながら、 せつなはほとんど口も聞かずラブを窺っていた。 「…あ、もしもしお母さん?ラブだけど。…ちょっと困った事になっちゃってさあ…」 ラブはせつなの手を引いて歩きつつ、電話を掛けながらさっき聞いた話を繰り返し説明している。 痛いほどに手を握っている癖にラブはせつなの目を見ようとはせず、声も掛けない。 せつなもただ黙って幼子のように付いて行く。 「うん、ごめんなさい。……え?いいよ、勿体ないし。いくら掛かるか分かんないじゃん、タクシーなんて…」 「…………………」 「……大丈夫。お小遣い多めに持ってきたし、ほとんど使ってないから。…」 「………………………」 「ホントに。せつなも一緒だし平気だってば。…うん、ホントにごめんなさい…」 「お母さんがせつなに代わってって」 はい、とリンクルンを渡される。 無言で受け取り、耳に当てると心配そうなあゆみの声。 「もしもし。はい、すみません。ご心配掛けて……。いえ、ラブの所為じゃないんです……」 独りでに口から零れる台詞はまるで他人の声の様に響く。 体の外側から自分を眺めているみたいだった。 「……はい………はい、ありがとうございます。ラブと二人なんで大丈夫です…」 気遣ってくれるあゆみの声に胸の奥がチクチクした。途方も無く罪深い嘘を付いている気がして。 「……ちょっぴり叱られちゃった。」 電話を切った後、ラブがペロリと舌を出す。 「せつなは土地勘が無いんだから、あたしがしっかりしなくちゃダメでしょ!って…」 「…でも、事故はラブの所為じゃないし…」 「うん。でも、あたしが遊ぶのに夢中で遅くなったんだろうって。 もっと早くに帰ってれば事故に巻き込まれなかったんだからって…」 「結構厳しいのね、おば様。」 「恐いよぉ!せつなもそのうち雷落とされたら分かるって!」 「…おば様、心配そうだったわ……」 「うん……でも、仕方ないよね。事故なんだもん……」 「……………」 「………」 交わす言葉の中に漂う、そこはかとない白々しさ。 そしてやはり、ラブはせつなを見ようとしない。 じっと頬に注がれる視線に気付かぬはずはないのに。 晩ご飯どうしようか? 泊まらなきゃダメだからあんまりお金使えないね。 コンビニあるかなあ。パンとかでもいいよね。 ラブは弾む声で喋り続けながらせつなの手を引きぐんぐん歩く。 黙りこくったせつなを気にする風も無く。 それでも陽気な口調とは裏腹に、繋いだ手のひらは少し強張っている様に思えた。 しっかり握り合っているのに指先がひんやりしている。 緊張に湿った感触。 震えているのはラブだけだろうか。 多分、自分も同じなのかも知れない、とせつなは頭の隅でうっすらと考える。 どのくらい歩いただろう。 二人は民宿のある通りからどんどん外れて行く。 広い国道沿いに坂道を登って行くと電車の窓からも見えた建物の前に着いた。 海沿いの爽やかな景色にはあまりそぐわない、やたらメルヘンチックな外観。 淡く可愛らしいのに何故か上品には見えない色使い。 長閑な田舎にはあまりに不似合いな佇まいを不思議に思ったせつなが、 「ラブ、あれは何なの?」そう尋ねてみたが、ラブは苦笑いで言葉を濁し、答えてはくれなかった。 たぶん、あそこがさっき聞いた『あまり子供にはお薦め出来ない』宿泊施設なのだろう。 どう言う目的で泊まる場所かは、世間知らずなせつなにもさすがに察しがつく。 誰にも顔を見られずに入れる仕組みになっているらしい建物に、ラブは少し戸惑う 様子を見せつつも進んで行った。 「うわあ、すごいよ。何でも揃ってる!」 部屋に上がったラブははしゃいだ声であちこちの扉や引き出しを開けて回る。 ほら、パジャマまで!と掲げて見せたのはサイズ違いのお揃いのパジャマ。 その大きさの違いが、ここへ来るのがどういった人達なのかを示しているようで。 せつなはいたたまれない思いに駈られた。 「風邪、引いちゃうね…。着替えなきゃ……」 「………?」 言われて初めて気が付いた。 アスファルトの上を跳ね踊る無数の水滴。 木々の間を吹き抜ける野太い笛の音のような風。 せつなの髪はしっとりと水分を含み、ワンピースの肩や背中は重く色を変えていた。 湿った髪を撫でるラブの手が背中へ降りてゆく。 ゆっくりとファスナーが引き下げられ、スカートが足元に ストンと滑り落ちた。 せつなは棒立ちのまま身動ぎもせず、されるがままに身を任せている。 背中へ回された指はブラのホックを探る。 プチンと言う手応えと共に下着が浮き、その中が微かに震えた。 肩紐に手がかかり、外される。乳房が顕になろうとしたその瞬間、 ラブの動きがピタリと止まった。 はあっ…と、大きく息を吐き出し、せつなの剥き出しの鎖骨に額を擦り付ける。 「なんで…?せつな。……なんで何も言わないの………」 「………ラブ………」 頑な迄に逸らされていた視線がようやくしっかりと結ばれる。 ラブは、ぐっ…と瞳に力を籠め、せつなの頬を両手で挟む。 震えを抑えようとする声は細く掠れ、荒々しいほど力強い瞳とは 裏腹にか細く響き出す。 「お願い…。少しでも、嫌だって思う気持ちがあるなら今すぐ逃げて……」 でないと…、でないとあたし……。 せつなにヒドイ事するよ。 きっとせつなが泣いても、やめてって言ってもやめてあげられない。 どんなにせつなが嫌だって言っても逃がさないよ。 だから、だから今ならまだ間に合うから。 まだ、触れ合ってない、今なら…… 嵐を閉じ込めたようなラブの瞳。 ああ、そうだ。この瞳を以前にも見た事がある。 ラビリンスからせつなを取り戻す。 たとえどんなに自分が傷だらけになっても。 せつなを傷だらけにしても。 すべてを賭けて、受け止めうとしてくれた。 「……ラブ…」 せつなは呟き、ラブの頬に指を這わせる。 揺らめきを孕んだ瞳を、想いを含んだ唇を。 なんて綺麗な瞳なんだろう。 息が苦しくなるほどに感じる。 この瞳に愛されているのだ。 この唇に求められているのだ。 この腕が絡み付く荊を切り割き、暗闇から引き上げてくれた。 これ以上の幸せなんて求めて良いはずなどない。 これ以上幸せになったら、きっと…。 きっと、心が壊れてしまう。狂ってしまうに決まっている。 それでも…… どんな言葉も口に出した途端に儚く消えてしまいそうで。 この想いを現す言葉なんて思い浮かばなくて。 ならば答える変わりに。 言葉より強く、伝えられるように。 胸一杯の想いをその瞳に溢れさせ、せつなはラブの髪をくしゃくしゃに掻き回す。 唇をぶつけるような不器用な口付け。 何度も何度も押し付け、擦り合わせ、いつの間にか二人はベッドに重なり 絡み合っていた。 舌が歯列を割り、その奥を探り、求める。 性急に体に残った僅かな布切れを剥ぎ取り、どんな小さな隙間も許さぬほどに 柔らかな素肌が吸い付き合う。 浅い呼吸に頭がくらくらし始めても、それでもほんの一瞬でも唇が離れるのが厭わしい。 もっと深く。もっと強く。 大きすぎる幸せは、とても一度では掴みきれなくて。 どんな形をしているのか。どんな味や香りなのか。 確かめるのももどかしく、矢継ぎ早に求め合うしか出来なくて。 好きだから。もう、気付かない振りでは過ごせない。 どのみち狂ってしまうなら…… お互いの胸に渦巻く風は、嵐よりも強く心身を揺さぶる。 いずれ、一人きりでは耐えきれなくなるに決まっていた。 ならば、同じ想いを抱いている二人なら。 二人でなら、きっと。嵐の後の青空に辿り着けると信じたかった。 み-277へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/340.html
(ったく!二学期入ってから課題とか多すぎなんだよ!) 大輔は机をゴソゴソ探りなから一人ごちた。 (しかも三回忘れたら補習とか!ありえねーし!) 時間は21時。夕飯後、忘れ物に気付いて学校に取りに戻った。 本当なら鍵が閉まってるのだが、生徒の間では幾つかの侵入ポイントが 公然の秘密となっており、大輔もその一つから忍び込んだ。 教室には月明かりが差し込み懐中電灯もいらないくらいだ。 ふと、隣の席に目をやる。 『ちぇーっ。ラブの隣かよ。』 席替えの時についそんな軽口を叩いた事を思い出す。 内心は嬉しくて堪らず、にやける顔を誤魔化すための照れ隠しだったのだが。 (オレ、東にも謝った方がいいのかな…。) この間の事だ。中々ラブと話すタイミングが掴めず、八つ当たりのように、 ちやほやされるせつなを皮肉った。 本気でせつなが疎ましかった訳ではない。 ただ、容姿の良さや勉強、スポーツで 転校初日からクラスの注目を集めた上にラブに構われっぱなしのせつなに、 まぁ、何と言うか、嫉妬しただけなのだ。 (でも、そんなに怒る事かよ。) 大輔としてはほんの軽い気持ちで出たものだ。深い意味もない。 でもラブの怒りは本物だった。 今まで散々軽口を叩き合ってきたが、あんなに本気の怒りをラブが 見せた事はなかった。 (何なんだよ、せつなせつなって気持ち悪りぃ。ベタベタし過ぎなんだよ。) その時、廊下にチラリと明かりが映った。 (っやばっ!見廻りか?) 大輔はキョトキョトとし、取り敢えず教室前の方まで移動して、教卓の影に隠れた。 「あっ!ラッキー、鍵開いてるよ!」 「先客が居たんじゃない?ラブみたいな。」 「なによ、もう!せつなの意地悪!」 クスクスと笑いを含み、からかうような声と、少し拗ねた風を装った声。 (……ラブと、東?) こんな時間まで2人で何やってんだ?と、思いながら、 一緒に暮らしてる、と言っていたラブの言葉を思い出した。 「あった?」 「あったあった。まったく課題多すぎ!しかも三回忘れで補習!ありえないよねぇ!!」 (……ラブも忘れ物かよ。) しかも自分と同じ事を言っているラブに何だかくすぐったいような気分になる。 それにしても、つい隠れてしまったがどうするか。今さら出て行くのも 気まずいと言うか……。 ラブ達が帰ったらこっそり消えるか。 「ふふふー…、せーつな。」 「きゃっ……!何?」 「だってぇ。せつな学校じゃ、あんまり触らせてくれないんだもん。」 「……そんな、……しょうがないじゃない。」 (………?) 「ちょーっぴり……不安になっちゃうかも。せつな可愛いからさ。 男子にも女子にもモテモテなんだもん。」 「………何言ってるの?そんなの……。転校生だから珍しがられてるだけよ。 そんな事言うならラブの方こそ……」 「あたしが?なんかある?」 「………仲のいい友達、たくさんいるじゃない。 …それに、大輔君だって……」 「へ?……大輔?」 昼間とは違う雰囲気を醸し出している2人に、嫌な違和感を覚える大輔。 自分の名前が出た事が気になりつつも、体が硬くなり教卓の影で身を縮める。 「すごく、親しそうだし。男子で大輔君の事だけ呼び捨てだし……」 「エェー?大輔とあたしが…ってコト?ナイナイ、それはない。」 「………でも、ラブはそうでも、大輔君は分からないじゃない。」 「いやぁ、大輔が?あたしを?それこそでしょー?」 「…………。」 「ははーん?せつなぁ……。ヤキモチ?」 「………………。」 「もぉ!可愛いなぁ、せつなはぁ。」 「そんなんじゃ、………んん……」 急に無言になった2人。 大輔は強張った体を捻り、様子を窺おとする。頭の隅から、 見るな、と言う声が聞こえる。 しかし、もう遅かった。 大輔はポカン……と顎を落とす。目の前の光景に声が出ない。 昼間のように明るい月明かりの教室。 ぴったりと重なるようにラブがせつなを抱きすくめている。 キス……。そんな軽い言葉では済まない。 教室の端と端でも、何度も角度を変え、深く重なっているのが分かる唇。 その奥で舌が絡まり合っているだろう事が知れる。 濡れた音さえ聞こえそうなほどに。 ラブの腕はせつなの細い腰に回され、もう片方はうなじ、背中、脇腹…と 慣れた手つきで撫で回す。 せつなはラブの首に腕を絡め、ラブの行為を当たり前の事のように 受け入れている。 身も心も許しあった、恋人同士の濃密な愛撫。 ラブの手がせつなの内腿を揉むように撫でながら、 スカートの中に潜り込もうとしている。 せつなはラブのいたずらな指先の浸入を拒むように、 あるいは逃がさず誘い込むように股を擦り合わせる。 2人の動作の細かな一つ一つまでが、精密な静止画のように 大輔の脳裏に焼き付く。 思考が麻痺し、ただ焼き付いた画像だけが頭の中に溜まっていく。 「……大輔は、ただの友達だよ。」 「………本当に…?」 「そりゃあ、他の男子よりはちょっとは仲良いかもだけどさ。」 「………。」 「もし、もしね、…万が一、大輔があたしを…無いよ?絶対無いけど。 そんな事があってもさ。関係ないよ。」 「………ラブ?」 「分かってるでしょ?あたしが好きなのはせつなだけ。 どれくらい大好きで大切か知ってるでしょ? 大輔は、友達。せつなとは比べられないよ。」 「………ん、ごめんなさい…。」 「もう…、まさか信じてくれてない?」 「…だから……ごめんなさい。」 身を寄せ、時にお互いの唇をついばみながらの甘い囁き。 大輔は2人の間に漂う淫靡な空気に、ずっと密かに思ってきたラブの口から出た、 『ただの友達』と言う台詞にショックを受ける事すら忘れていた。 「あっ……。ダメ、これ以上は……やっ…。」 「なんで……?誰もいないよ?いいじゃん。」 「……あんっ…、ここ、学校よ。……こんな事しちゃいけないわ……。」 「せつなは真面目さんだねぇ……。」 「……だからっ…んんっ……ダメ。…続きは帰ってから…、ね?」 「絶対だよ……?」 ラブの指先がせつなの胸元を引っ掻くような仕草を見せ、耳朶を甘噛みする。 せつなは微かに眉を寄せ、少し開いた唇から濡れた吐息を漏らし、身を捩る。 大輔の体が震える。頭に不快な金属音が響き、吐き気がする。 思わず目をそらし、床に視線を落とす。 その時……… 蒼白い月光に包まれていた教室に、一瞬、夕焼けよりも赤い光が満ちる。 (……なっ…何だ?!) 思わず顔を上げる。 そこには、相変わらずの眩いばかりの銀色の月光。 それに、静まりかえった人の気配すらない教室。 (…………はあっ?) ついさっきまで、体をまさぐり合っていたはずのラブとせつなは 影も形もない。 大輔が視線を外したのはほんの一瞬。扉までの数メートルを 移動する時間すらないだろう。 それに、古い教室の引き戸は開け閉めすると派手に軋んだ音がする。 例え、思いの外長く思考停止していたとしても気付かないはずがない。 (は……はは、夢?ってか、妄想か?) 大輔は床に尻餅を付き、自分の髪ををグシャグシャに掻き回す。 (そっか、そーだよな。あんなの……ありえねーしよ……) 頭の奥で、違う。と叫ぶ声がする。 しかし、大輔はそれを無視して聞こえない振りをした。 あんな事、あり得ない。あるはずがない。 (しっかし、オレも趣味悪ぃな。どうせ想像するなら、もっとこう……、 ってか、なんで相手が東なんだよなぁ?) きっと、八つ当たりで暴言を吐いた罪悪感がそうさせたんだ。 そうに違いない。 大輔は、自分でも丸っきり説得力の無い理由だと分かりながら、無理やり 納得したと信じ込もうとする。 夢なんだよ……。 頭に焼き付いてしまった、画像が意思と関係なくフラッシュバックする。 深く重なった唇。 お互いの体をまさぐる手慣れた手付き。 甘く囁く、湿度の高い声。 夢なんだよ。 そう、大輔は自分に言い聞かせる。暗示を掛けるように。